家を継ぐ人が財産も継ぐ家督相続は、今は昔。時代は変わり、権利者意識を持つ人が増えるにつれて、家庭裁判所への申立件数も増えています。相続はお金よりも感情でもめるケースがほとんど。10人の証言から争いを避けるヒントを見つけましょう。

CASE1:相続財産は土地と建物だけ。どうやって分ければいい?

イラスト=死後くん

父は数年前に他界。先日、母も亡くなり、長女の私と妹とで遺産分割することになりましたが、相続財産は土地と建物だけ。預貯金はほとんどありませんでした。妹は結婚していますが、私は未婚で母と同居してきました。妹の夫からは家を売却してお金を分けろと言われ、ほとほと困っています。

●トラブル予防策
このように分ける財産がない場合は事前に話し合い、誰が家を引き継ぐのか決めたうえで、遺言書を残してもらうこと。それでも、きょうだい間の争いを避けるために、長女が家をもらうなら、次女にはいくらか渡せるように生命保険を用意するなどの準備が必要です。

▼生命保険3つのメリット
1.亡くなったときに現金が受け取れる
2.遺産分割の対象とならない
3.非課税枠があるので節税対策になる

CASE2:夫に前妻の子が……。連絡をとらなきゃいけないけど、とりづらい

イラスト=死後くん

亡くなった夫は再婚で、前妻との間に子どもが1人います。その子も相続人になるので、連絡をとらなくてはいけないのですが、なかなか連絡しづらくて。今住む家を売れなどむちゃな請求をされたらどうしよう、と不安は募るばかりです。事前に、どんな手を打っておけばよかったのでしょうか。

●トラブル予防策
今の妻と子どもの住む家を確保するためにも、再婚した時点で遺言を作っておくとよかったケースですね。遺言があれば、遺言執行者が前の奥さんとのやりとりなど煩わしい手続きも、すべて代理でしてくれるので、心理的なストレスもなく相続がスムーズです。

●遺言書は、いつ書けばいい?
年をとって、ある程度遺産分割の方向性が決まってから書くのが一般的ですが、こうしたケースでは再婚して子どもができた時点で書いておきましょう。遺言の付言事項に、子どもたちへの想いを残すのも一つの方法ですね。

CASE3:母が認知症。亡くなった父の遺産をどう分ける?

イラスト=死後くん

父が他界。相続人は母と長男の兄、長女の私、次女の妹の子ども3人になりますが、母は認知症で入院しています。認知症になると相続人になれないと聞いたことがありますが、本当でしょうか。

現在、子どもは全員家を出て、別に住んでいます。母は病院にいるため、実家は空き家状態。遺産分割するとしたら、この家を売却したお金と、父の預貯金1000万円になります。母が認知症になる前に父に遺言を書いてもらったほうがよかったのでしょうか?

●トラブル予防策
認知症になると遺産分割協議ができないこともあるので、成年後見人を立てなければなりません。しかし、そうすると家庭裁判所が遺産分割に関与するため基本的には、法定相続通りに分割するしかなくなってしまいます。成年後見人をつけなくてもいい状態なら、故人の希望通りの相続ができたかもしれないのに、認知症なばっかりに本意でない相続をすることになってしまった。これも遺言があれば回避できたケースです。

●成年後見人は、どうやって立てる?
成年後見人は本人の保護や支援の必要性に応じて家庭裁判所が選任します。実際は本人の親族か弁護士、司法書士がなるケースが多いよう。利用する場合は本人の住所地の家庭裁判所に申し立てます。

CASE4:子どもがいません。夫の死後、夫の兄弟から請求が!

イラスト=死後くん

夫婦2人で夫名義のマンションに住んでいました。子どもはいません。夫が亡くなった後も、そのマンションに私一人で住み続けるつもりでしたが、夫の兄弟である義弟と義妹から相続分を請求されました!

2人で築き上げた財産なのに、なぜほとんど交流のない夫の兄弟にあげなきゃいけないのか、どうしても納得がいきません。マンション売却分に見合うお金を払えないので、マンションを売却するしかない……!?

●トラブル予防策
ご主人も、奥さんにすべて残したいという意思があったなら、そのように遺言に書いておくべきでした。遺言がなければ、実際、兄弟に遺産分割しなければなりません。兄弟に亡くなった人がいれば、甥や姪にまで遺産分割しなければならないので、やっぱり遺言は必要ですね。兄弟の場合、遺留分(法定相続人が最低限相続できる割合)はないので、遺言さえ書いておけば全額奥さんが受け取れます。

●一度書いた遺言書は撤回できない?
一度、公正証書遺言を書くと一生有効ですが、前回書いたものを撤回すると書けば撤回できますし、新規で追加分を書くこともできます。ただし1回書いたものは撤回しない限り有効なので、早めに書く場合は気をつけて。

CASE5:遺言の内容にびっくり! もらえるのは長男だけ!?

イラスト=死後くん

古い考え方の夫の父。長男である義兄は跡継ぎということもあり、夫とは比べものにならないぐらい、子どもの頃から厳しくしつけられていたそうです。しかし亡くなったあとに遺言書を開けてみて驚きました。「財産のすべては長男に渡す」とあり、次男である夫には全くなし。確かに代表として事業を継いでいるのは義兄ですが、うちの夫も少なからずサポートしています。これってあんまりじゃないですか?

●トラブル予防策
遺言書に「全財産を長男に渡す」と書いてあっても、他の法定相続人が最低限確保できる割合=遺留分が民法で定められていますから、次男のほうから遺留分の減殺請求をすれば、長男はその遺留分を必ず支払わなければいけません。とはいえ、これも遺留分相当の財産は次男に渡すとか、次男に遺留分を請求されたときに長男が払えるように生命保険などを用意しておくとか、父親も遺留分を考慮した遺言を残すべきでしたね。

●遺留分について詳しく教えてください!
遺言に書いてある分け方に不満があり、遺留分を侵害されたら、その相手に対して遺留分を請求できます。遺留分があるのは、配偶者や第1順位の子、第2順位の父母などで、第3順位の兄弟姉妹にはありません。

CASE6:同居の親を介護してきたのに妹が普通に請求してくるなんて……(涙)

同居してきた母を介護の末にみとりました。住んでいた自宅はそのままもらうけれど、残された現金は分けようと妹に持ちかけたら「家賃も払わずに住んできたんだから、家はともかく現金はこっちでしょ」って……。

病院の送り迎えから日々の世話まですべてしてきたのは私。妹は何もしてこなかったのに、いざ相続になると、しっかり法定相続分を請求するなんて、ほんとうにショックです。

●トラブル予防策
これも本当によくあるケース。ずっと親の面倒をみてきたから財産は多めにもらいたいところですが、だからといって多くもらえるわけではないのが相続です。そこは、やはり少しでも自分が多くもらえるように、親に遺言を書いてもらうとか、生前に贈与してもらうとか、それこそちょっとの金額でいいので、あとから自分が傷つかないために、あらかじめお願いしておいたほうがよかったのかという気がします。

CASE7:遺言書があるのに「認知症だった」と言いがかりを……

母が認知症の末に亡くなりました。認知症になる前に書いた遺言書があるのに、その内容に不満があるのか、妹2人が「認知症のときに書いたから無効だ」とつつき始めて大もめ。

「お母さんは脅されて書いた」とか「お姉ちゃんにだまされた」とか言いたい放題。遺言は絶対だと思うのですが、ここまで責められると、さすがに自信がなくなります。どうすればよかったのでしょうか。

●トラブル予防策
認知症になると基本的に遺言書は書けないので、書くなら兄弟皆が認知症じゃないと認めているときに書くのが原則。ちょっと危ないなという状態なら、あとから争いになったときのために医師の診断書をとっておくとよいでしょう。認知症ではないという証明があれば裁判で争ったときにも有利です。いずれにしても認知症はいつなるかわからないので、遺言はなるべく早く、元気なうちに書くことです。

CASE8:相続税を減らすために生前贈与していたのに財産とみなされた!

生前、父は相続税を減らすために孫である私の子どもの通帳を作り、そこに贈与税がかからない110万円を毎年振り込んでくれていました。亡くなった後その事実がわかったのですが、税務署にはこれは贈与ではなく預金と判断されて、年間110万円×10年間=1100万円分が相続財産とみなされてしまいました。10年かけて父がコツコツとしてきた相続税対策が水の泡。どうすればよかったのでしょう?

●トラブル予防策
相続税を減らすために生前贈与していたのに、結局、相続税がかかってしまうという“相続あるある”です。このケースのように通帳と印鑑はおじいちゃんが持っていて、孫は知らなかったという場合は「名義だけが孫で預金はおじいちゃんの分でしょう」と税務署からは見られてしまいます。通帳と印鑑は孫かその親に渡し、ちゃんと孫が使っていることがわかる形跡を残しておくべきでしたね。

CASE9:せっかく書いた遺言書、形式が合っていないと無効に

先日亡くなった父が事細かに書いた自筆証書遺言を残していました。遺言書は介護をしてきた長女である私に、より手厚く残してくれるような内容。しかし家庭裁判所の検認を受けてみると形式が合っていないということで無効になってしまいました! せっかく書いてくれた遺言を全く生かせないってあり? 何もしていない長男である兄と次男の弟と法定相続分で分けるなんて正直、割に合いません!!

●トラブル予防策
残念ながら自筆証書遺言は、もれや抜けがあり、形式を満たしていなければ全く無効になりますので、このケースも相続人全員で遺産分割することになります。メモ書きやビデオメッセージも全く効力はありません。自筆証書遺言はこうした失敗が少なくありませんから、遺言を残すなら、やっぱり公証人立ち会いで法律的な要件をしっかり満たした、公正証書遺言で作っておいたほうがよいでしょうね。

CASE10:不動産名義がおじいちゃん。相続人が増えて収拾がつかなくなっているけど……

イラスト=死後くん

20年前に祖父が他界してからは、長男であるおじ一家が家を継いで住んでいましたが、先日おじが急死。調べてみると家の名義は祖父のままで、相続人はおじの子どもをはじめ、私の父や父の兄弟、従妹など気がつくといっぱい。おじさんやおばさんたちも高齢になってきて近い将来、さらに相続人が増えそうな気配。もはや収拾がつかない状況になっていますが、わが家の分をもらうのはもう諦めたほうがいい?

●トラブル予防策
祖父が亡くなった時点で長男が継ぐという話がついていたなら、そこで名義変更すればよかったのに、しなかったばっかりに相続人が増殖してしまったというケース。遺産分割の際は相続人全員の実印と印鑑証明が必要ですが、これだけ増えてしまうと反対する人も出てきて、もらえても時間と費用がかかるでしょうね。名義変更する際は共有ではなく、できることなら一人にしたほうがよいでしょう。

三浦美樹
司法書士、FP。チェスター司法書士事務所代表。1980年静岡県牧之原市生まれ。法テラス、都内司法書士事務所勤務を経て2011年に開業。今買いたいものは、低速ジューサー(ビタミンサーバー)。