親の口座から子どもがお金を下ろすことはできない

人はできる限り長生きをしたいと願うもの、そしてコロッとこの世から去るのが理想です。しかし、病気や認知症になって自分のことの判断ができなくなれば、日常的なお金の出し入れや手続き(契約)、財産管理もままならず、家族や専門家に頼らざるをえなくなってしまいます。

銀行の窓口ではこんなシーンがよくあります。

娘「認知症になった母を介護施設に入れたいので、母の預金口座からお金を下ろしたいのですが」

銀行員「たとえお母さまの通帳と印鑑があっても、ご本人の意向を確認させていただかないと預金からお金を下ろすことはできません。ご本人に窓口に来てもらうか、あるいはお母さまの自筆の“委任状”と、娘さんの“代理人届”が必要です」

娘「そうはいっても母は認知症が進んで、委任状を書くどころではないのですが……」

ここでいくら娘が母親の病状を説明しても、いくら「娘の私がお金の管理を任されている」といっても、銀行は万が一の不正に備えて母親の預金口座からお金を下ろしてはくれないでしょう。たとえ親子であれ、その人のお金を勝手に使ったり、管理したりすることは法律で禁じられているからです。もし親のお金を勝手に使ったら、兄弟姉妹間での紛争にもなりかねません。いったいどうしたらいいのでしょうか。

病気や認知症の人のための「成年後見制度」

こうしたとき、娘が成年後見制度を使って認知症の母親の後見人になると、母親の財産を管理できるようになります。成年後見制度とは、病気や認知症などで判断能力が不十分な人に代わって「財産管理」や「身上看護」ができる制度です。認知症の母親の財産管理をするためには、家庭裁判所に「娘の私が母親の後見人になりたい」と、申し立てをします。申し立てができるのは本人、配偶者、4親等内の親族です。本人が申し立てをするのが不安な場合は、司法書士や弁護士、社会福祉士などの専門家も申し立てができます。家庭裁判所はこの人が後見人としてふさわしいかどうか一切の事情を考慮して可否を決めます。

法定後見には「成年後見人」「保佐人」「補助人」のランクがあり、認知症で判断がまったくできない母親なら、娘は母親の「成年後見人」、母親は娘の「被後見人」となり、娘の権限で母親の預金の出し入れをしたり、母親名義の不動産を売ってお金に代え、そのお金で介護施設に入れることもできるようになります。成年後見人になった娘は、今後、母親のお金を使うにあたり、どのような目的でいくら引き出したかなど、あとあと説明ができる記録を残しながら財産管理をすることになります。

成年後見制度の仕組み
 

第三者が成年後見人になったほうがいい場合もある

ここで問題となるのは、成年後見人となった家族が、権限を逆手にとって自分の生活のために親の財産を使い込んでしまうことです。「後見人として任せられたから」とはいえ、親から子どもにお金が移ることは贈与であり、他の兄弟姉妹もだまってはいないでしょう。また、「お姉ちゃんが認知症のお母さんのお金をどんどん使っちゃう……」と離れて暮らす他の兄弟姉妹が心配するような場合には、成年後見制度を使って、第三者の専門家に後見人になってもらうよう依頼したほうがよいかもしれません。

家庭裁判所は、本人の家族を成年後見人として認める場合もあれば、それを認めず弁護士、司法書士、社会福祉士、税理士など第三者の専門家へ誘導する場合もあります。さらに家族が後見人になる場合は、その監督者として専門家を監督人にすることもあります。つまり申し立てのあった人それぞれに適切な対応をしているのです。専門家が後見人になった場合は、本人の財産から報酬をもらうことになります。その報酬額は周囲の環境や資産状況を見て家庭裁判所が決定しますが、多くの場合は月1~3万円です。

成年後見人の仕事を理解して欲しい

成年後見人による高齢者の財産の不正流用がたびたびニュースになり、親の財産管理を他人に任せるなんてことはできない……と成年後見制度のイメージはあまりよくないようです。しかし、ほとんどの成年後見人は不正をするどころか、本人の不利益にならないよう本人に成り代わり必死になって財産を守っていることを理解して欲しいのです。

私の親友とも呼べる友人は社会福祉士の資格を持ち、成年後見人になることを職業として、社会的弱者である認知症の方々を守っています。この友人がどんな仕事をしているのか、一例をあげましょう。

「私は80歳未婚女性の成年後見人になりました。かつてこの女性は母親と姉と暮らしていましたが、たて続けに亡くなり、相続の手続きをしていなかったので、成年後見人である私はその方のために母親と姉の財産相続手続きをすることになりました。また、本人が亡くなった場合も想定して、過去に遡って相続人を探しました。この女性は資産家で7000万円ほどの資産をお持ちですが、直系の子どもはなく、親戚には相続人になる対象者が37人もいました。やがては法定相続に基づき、女性の資産は相続人に分けることになります。そのような方が認知症になり、たった一人で福祉のお世話になっている……それが現代社会です」

成年後見人である友人は37名もの相続人一人一人に連絡をとって、状況を説明していました。中には後見人からの電話を不審に思う人や、財産がもらえると飛び上がって喜んだ人もいたとか。でも、親戚とはいえ会いたいという人は一人もいなかったそうです。このような作業は、やっぱりプロがしたほうが物事がスムーズに運びます。

友人は、現在、約20名の方々の成年後見人として、被後見人の財産管理と身上監護をしています。現代社会を象徴するように、中には生活保護の人や未婚で身寄りのない人もいて、そのような方からいただく報酬は微々たるものということも少なくありません。。でも頼りになるのは成年後見人のみ。友人は「プロ」としての自覚を持ち、毎日のように被後見人が入っている施設に行って手続きをしたり、家庭裁判所に出向き報告をしています。

7人に1人が認知症に。成年後見制度を上手に利用しよう

厚生労働省の推計では、65歳以上の高齢者の認知症は15%、約439万人となっており、7人に1人程度が認知症です。ときどき判断能力がなくなる中間状態の人を加えると、4人に1人が認知症またはその予備軍だそうです(平成22年の推定値)。

認知症は高齢になるほど発症する可能性が高まり、今後も認知症の人は増え続けるといわれています。

私には子どもがいません。親類には認知症の人もいて、自分が高齢になって一人で生活をし、病気や認知症になるかも……という不安もあります。準備万端で老後を迎えようとしても、認知症になってしまったら病院や施設入居の手続きや支払いは、誰が行ってくれるのでしょうか。成年後見制度を使えば、後見人が家庭裁判所の許可を受けて、死亡時のさまざまな手続きまで行ってくれます。今のうちから成年後見制度を正しく理解し、やがては利用したいと心から思っています。

高齢者の増加、少子化、家族制度崩壊などで成年後見人の需要は増加中です。この制度を上手に利用して、人生を最後まで全うしたいものです。

マネージャーナリスト 坂本君子(さかもと・きみこ)
広告代理店、出版社にてサラリーで働くエディター、ライター、プランナー、コピーライターを経てフリーに。得意分野は投資、住宅関連。大ブレイクはしないけれど、仕事は堅実でハズさない。満を持して2008年に起業。個人投資家としての投資歴は15年選手(ちょっぴりプラス)。