財産を自分が思う割合で残したい人は遺言を

2015年1月以降の相続税増税により、俄然、相続税への関心が高まり、また少子高齢化も相まって「遺言」を残す人が増えています。

「遺言」とは、生前に財産の分割方法などについて表明した意思を、自分の死後に実現させる制度です。通常、財産は法律で定められた割合(法定相続割合)を参考に相続人が話し合って分けますが、「特定の親族に財産を引き継がせたい」「財産を法定相続とは異なる割合で残したい」などの希望を叶えるためには、遺言が必須となります。

「遺言」を残すほど財産はない……。多くの人はそう思うかもしれませんが、親だけでなく自分の身にもいつ何が起こるかわかりません。財産の多い少ないに限らず、自分の死後のことを決めるのは大切なこと。今回はあるご夫婦の「公正証書遺言」の作成に立ち会ったのでレポートします。

「公正証書遺言」作成には2人の証人が必要

遺言の種類は主に2つあります。

最も手軽に、また費用もかけずに作成できるのは「自筆証書遺言」です。手書きで作成するので、ペンと印鑑があれば、いつでも、どこでも書くことができます。しかし、「自筆証書遺言」には法律的に守らなければならない形式があり、それを満たしていなければ無効です。記入不備な遺言だと希望を叶えることができなくなってしまうのです。また、相続人である子どもたちなどが遺言の存在に気づかない、あるいは遺言をなかったことにしてしまうなどのリスクもあります。

一方、「公正証書遺言」は、公証人に遺言の作成を依頼する方法です。ある程度の費用がかかりますが、法的に認められた遺言が公証役場に保管されるので、無効になったり、紛失したりする心配がありません。参考までに、2014年に全国で作成された「公正証書遺言」は10万4490件で前年比8470件の増加、ここ数年は右肩上がりで増えています。

「公正証書遺言」は本人、公証人、証人2人の立会いのもと公証役場で作成されます。本人が歩行不能などのときには、公証人が自宅や病院、老人ホームなどに出張して作成することもできます。

親類や相続人は遺言の証人になることができないので、今回、私はあるご夫婦がそれぞれ作成する2通の「公正証書遺言」の証人になりました。

司法書士によると、このようにまったく知らない他人が遺言の証人になることは、珍しくないことだそうです。

夫婦一人一人が遺言を残すのがベター

今回、「公正証書遺言」を作成するご夫婦は同い年、昭和7年生まれの84歳で、神奈川県の老人ホームに夫婦でお住まいです。遺言の草案は私の友人の司法書士に依頼をしました。ご夫婦と司法書士の出会いは2年前に行われた老人ホームの遺言セミナーだったそう。最近、親類から「まだ遺言を書いていないの?」と何度か心配され、人のよさそうな司法書士の顔を思い出したそうです。

ご夫婦には長男と次男がいます。次男には知的障がいがあり、現在グループホームで簡単な仕事をし、多少の収入があります。遺言に記す財産の分け方は夫の遺言、妻の遺言とも同じで、全財産のうち3/5が配偶者、1/5が長男、1/5は次男というものでした。遺言には「付言」というメッセージを書くことができるのですが、ご夫婦それぞれの付言は、お墓のありかと、ご自身の戒名でした。

資産家のご夫婦ですが、どちらか一方が亡くなった場合、まずは残された配偶者が生活に困らないよう十分な財産を残し、その時点で、もう一度、遺言を書き直し、2回目の遺言はこの先の生活が心配な次男へ多めに財産を残す方法です。今回の遺言で次男へ多めの割合にしないのは、残される配偶者の今後の生活の不安もありますが、長男の思い通りにさせたくないという意思もあります。いきなり次男の割合を多めにするのは長男が反発する可能性があるため、このように夫婦一人一人が遺言を残し、その後、どちらかが亡くなったら、残された配偶者はもう1回遺言を書き直すという2段階の方法はよくあるそうです。

遺言の草案作りの流れ

司法書士はご夫婦のさまざまな相談に乗りながら死後の希望を聞き、全財産を洗い出し、老人ホームのある地域の公証役場の公証人に遺言の作成を依頼しました。遺言に記す財産によって遺言作成の手数料が異なるので、公証人に財産を証明するもの(通帳のコピーなど)を提出する必要があります。不動産なら登記簿の提出も必要です。今回の遺言は「全財産を3/5、1/5、1/5に分ける」と記しますが、○○銀行の○○口座は配偶者、○○銀行の○○口座は長男、○○銀行の○○口座は次男と記すこともできます。また、全財産ではなく「この人にいくら残したい」と記す方法もあります。口座名の相続なら、生前に自分で割合を変えられるので、それはいい方法だなぁと思いました。

その後、司法書士は公証人にご夫婦の遺言の内容を伝え、メールでのやりとりで公証人に「公証証書遺言」の草案を作ってもらいました。一字一句間違いがあっては遺言として不備となり、法的な書類として認められないので、ここは慎重な作業です。

遺言があっても、ご夫婦共にご高齢なので、その時が来たらこの遺言をつつがなく執行してくれる人も必要です。特に次男は書類の整理やさまざまな手続きが困難なので、ご夫婦の気がかりです。遺言には「遺言執行人」として司法書士の名前が記され、その場合の手数料として、相続財産の2.5%を手数料として司法書士がもらう、それが30万円以下なら30万円をもらうということも記しました。これで、確実に遺言が執行されるでしょう。

また、この遺言には2人の証人(司法書士と私)の住所、名前、職業が記され、証人の一人である私は、先に司法書士経由で住民票を公証人に提出しました。

遺言作成の当日の流れ

当日、司法書士と私は老人ホームにおじゃましました。応接室にてはじめてお会いするご夫婦にご挨拶をし、すぐに公証人がやってきました。今回は高齢のご夫婦なので、公証役場に出向くのではなく、公証人に老人ホームまで出張をしてもらいました。もちろん、出張手数料はかかります。

遺言作成にご夫婦同席は許されません。まずは妻が部屋から出て、遺言作成本人の夫、公証人、司法書士、私の4人となりました。最初、公証人は夫と少し雑談をします。生年月日や昔の職業を聞いたり、出身地や息子の名前、遺言の中身もとどんな割合で分けるのかを口頭で聞きました。

後から聞いた話ですが、わりと厳しい公証人だったようで、雑談の時間は10分ぐらいで、夫が認知症でないかよくチェックしていました。このチェックは公証人それぞれに異なるそうで、司法書士はご夫婦と「こんなこと聞かれるかもよ」と、リハーサルを何度かしたそうです。

ここで、認知症になってからでは遺言を作成することができない場合もあるのでご注意。なぜなら、認知症の程度によっては周囲の人間が勝手に分割の割合を誘導できてしまうからです。遺言作成時に遺言を作る能力がないと判断されると、公証人は遺言を作成してくれません。過去には作ってくれないこともあったと、友人の税理士から聞きました。法律遵守とはそういうことなのでしょう。

公証人が、夫に遺言作成能力があることを確認すると、遺言抄本を夫と私に手渡し、遺言の1ページ目から読み上げました。司法書士は夫といっしょに読み上げているカ所を指で追い、私も誤字脱字がないかをチェックしながら、読み合わせをしました。私の名前が読み上げられたときには、はじめてお会いしたご夫婦の遺言なのに不思議な気持ちがしました。

すべてが終わったところで、夫、行政書士、私の3人は謄本と抄本に署名をし、認印を押しました。公証人のサインはあらかじめしてありました。この時の署名は筆ペンです。古文書でもわかるように、墨が入っている筆ペンは後世までずっと残るからだと、公証人から説明がありました。

その後、夫と妻が交代し、夫が部屋を出て、妻は同様のことをし、遺言を作成しました。

遺言を作成すると気持ちが晴れやかになる

晴れて2通の遺言ができあがったところで、夫が部屋に戻りました。そのとき、ご夫婦とも心から本当にホッとされている様子でした。お互いの顔を見合わせ、「間に合ってよかったね」ともいっていました。その場で公証人に合計20万円弱の手数料を現金で支払い、司法書士にも10万円の手数料を支払いました。残す財産に比べ、そんなに高額なものでもないな……と思いました。(表参照)

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公正証書を作成するための公証役場に支払う基本手数料

私はのちに司法書士からご夫婦からの御礼として1万円をいただきました。「公正証書遺言」の証人はその場限りで、後々の役目は何もないそうです。

「公正証書遺言」の作成に立ち会った私の感想としては、自分の意志で財産を分けられる遺言はやっぱりすごい、いい制度だなぁと思いました。また、法的に認めてもらう書類作りはけっこう厳しく、なあなあでは作ってくれないのだなぁと感心しました。

後日、公証人ってどうやってなるのかを調べてみると、公証人とは法律の専門家であり、公証役場は「公証」をする国家機関であるのですが、一人一人は個人事業主です。公証人は、裁判官、検察官、弁護士、法務局長や司法書士など長年(30年ぐらい)法律関係の仕事をしていた人の中から法務大臣が任命するそうで、どなたも大ベテランです。お話しをしてわかったのですが、今回の公証人は元裁判官でした。

このあと、老人ホームのカフェでご夫婦とお話をしました。夫は元高校の先生で、妻はキャリアウーマンの走りだったそうです。「遺言を作ると長生きをする」と、ご夫婦は口をそろえておっしゃっていました。親類やホームにいる友人も遺言を作成しているそうです。イキイキとしているお顔をみて、私は確かに胸のつっかえが取れると長生きできるかもと思いました。いろいろお話を聞いているうちになんだか私も胸がいっぱいになり、最後には記念写真を撮らせていただきました。

ご夫婦は高齢ではありますが、どこも悪いところはなく、食欲もあり、健康だそうです。元気なうちに自分の死後をきっちり整え、遺言執行人を定め、さらにお墓を購入し、戒名まで決めて遺言に記したご夫婦を、私は心から尊敬しました。

誰しも、いつ万が一のことが起きるかわかりません。遺言は財産の大きさにかかわらず、残される家族へのメッセージになります。私も、まずは「自筆証書遺言」を書こうと本気で思いました。

マネージャーナリスト 坂本君子(さかもと・きみこ)
広告代理店、出版社にてサラリーで働くエディター、ライター、プランナー、コピーライターを経てフリーに。得意分野は投資、住宅関連。大ブレイクはしないけれど、仕事は堅実でハズさない。満を持して2008年に起業。個人投資家としての投資歴は15年選手(ちょっぴりプラス)。