テクノロジーの進化により10年後にはなくなる職業が話題になっています。例えば経理や人事などといった、これまで安定していてつぶしが利くと見られていた仕事の一部は、ソフトウエアが担ったりクラウドでアウトソースされたりし始めています。その一方で、今までになかった「新しい仕事」が生まれています。

「新しい仕事」はITを活用する分野も多く、性別に関係なく、意欲や能力のある人が活躍できる余地が大きいと考えられます。また育児や介護などで働き方に制約がある人、複数のキャリアを追求する人などにとって、自分に合った働き方をデザインしていける可能性を秘めた分野であるとも言えます。

この連載では、新しい職域を切り開くフロントランナーに、その内容や働き方、マインドセットなどについてのインタビューを行っていきます。聞き手はリクルートライフスタイルのアナリストであり、データサイエンティストとして活躍する原田博植さん。連載第1回となる今回は、その原田さんに単独インタビューを行い、データサイエンティストの仕事の内容や、キャリアとしての可能性について聞きました。

データ分析で事業に貢献

――「データサイエンティスト」という肩書きは、まだあまり聞き慣れませんが、最近生まれたものでしょうか。

【リクルートライフスタイル 原田博植さん(以下、原田)】比較的新しい仕事で、ここ3年くらいで広がってきました。「ビッグデータ」という言葉に象徴される通り、インターネットに流れる情報量が爆発的な速度で増えたことで、必要性が急速に高まりました。

原田博植(はらだ・ひろうえ)さん。株式会社リクルートライフスタイル ネットビジネス本部 アナリスト。人材事業、販促事業、EC事業にてデータベース改良とアルゴリズム開発を歴任。2015年データサイエンティスト・オブ・ザ・イヤー受賞。

――具体的には、どんな仕事なのですか?

【原田】簡単に言うと、「データを分析することで、事業に貢献する」のがデータサイエンティストです。私は、リクルートでデータサイエンティストの仕事をしていますが、さまざまな事業を横断し、データ分析を使って売り上げを増やし、コスト削減をすることで、利益貢献に邁進しています。

例えば、社内システムのデータを分析すると、無駄な作業がどこでどのように発生しているかが分かります。1つの作業を複数の部署・人が重複して行っていれば、それを一本化することで効率が上げられますし、売り上げの日報を、毎日手作業で表にまとめているのであれば、システム化して自動的に表にすればいい。こうしたことが、コスト削減の面です。

一方、売り上げを増やす面ですが、例えばレストランや美容院などの検索・予約サイト、ホットペッパー グルメ、ホットペッパービューティーでは、より予約しやすいように画面構成を変えることで、ユーザーの利用率を上げられます。こうした提案を、データ分析に基づいて行うのが私の仕事です。

片足ずつ新しい領域に踏み込む

――データサイエンティストになったきっかけは?

【原田】私は何度か転職していて、今の会社で4社目なのですが、会社を移る度に少しずつ職務の内容が変わって、データサイエンティストのスキルセットを形成したという感じです。転職ごとに、片足ずつ新しい領域に踏み出しながら、キャリアを築いてきたとも言えます。

新卒で入った会社はシンクタンクで、そこで今と同じ「アナリスト」の名刺を持つようになりました。「情報産業システム」を扱う部署で、生態認証や非接触ICカード、電子ペーパーなどに関する調査を行い、白書を作っていました。まだ、インターネットの用途や流れる情報量が今ほどない時代、テーマはデジタルですが、そこで扱われていたデータはスモールデータです。そのテーマ全体の分析設計を行い、関係者にヒアリングするという、アナログな作業が中心でした。

しかし「大規模データ」や「データ爆発」という言葉が聞かれるようになってきて、データそのものを扱うITの分野にもキャリアの範囲を広げたいと考えて、2010年に「リサーチャー兼ディレクター」という肩書きでWeb制作の会社に転職しました。そこでは、Web サイトでのユーザーの視線の動きや行動について、データを集めて科学的に解析しながら、より使いやすいサイト作りを追求する仕事をしました。

次に転職したのは、立ち上がったばかりの、アメリカのネットサービスベンチャー企業の日本法人でした。前職では、Webサイトの画面に関する仕事が中心でしたが、ここでは事業に関わるデータすべてを見て、事業戦略を立案しました。データをもとに、全ての部署に対しどんな数値を目標とすべきかKPI(Key Performance Indicators、重要業績評価指標)を定め、進捗をモニターしました。データを使って会社の成長に貢献するという、今のデータサイエンティストの仕事にぐっと近づいたんです。

リクルートでは、これまでやっていたことすべてを活かした仕事をしていることになりますね。私は事業戦略もWebサイトUI(user interface)もデータベースも実務で研さんを積んできました。越境的な能力開発の場を求めないと、データを情報に変え、事業戦略に活かすという仕事はできないと思います。

経営と相性がよく、将来性も大

――データサイエンティストというと、「統計や分析、データベースの専門家」という印象を受けますが、そういうわけではないのですね?

【原田】統計や分析、データベースに関する知識や業務経験はもちろん大切ですが、それが全てではないですし、逆にそれらだけでも足りません。ビジネスや、顧客・ユーザーとのコミュニケーションを考慮しないで、机上で統計の手法をはめこもうとしても、うまくいきません。私は、データサイエンティストの職務要件定義を「ITのエンジニアリング技術と数学的な素養を持ち、データを活用して事業で成果を出す」と表現しました。「ITのエンジニアリング技術」にはプログラミングの知識が含まれますし、「数学的な素養」には統計分析が含まれます。事業、分析、エンジニアリング、それらを混ぜ合わせて成果を目指す職能です。

――「データを活用して事業に貢献する」というと、EC(electronic commerce、電子商取引)などのネットサービスが対象という印象を受けます。今後どんな企業でデータサイエンティストが活躍できるのでしょうか?

【原田】私は、すべての企業が対象になると思います。オンラインで事業を行っている企業がデータを活用するのは当たり前です。最近では、オフラインで大きなビジネスをしている会社にも、データ活用は広がっています。航空会社や金融機関、アパレルや小売りなどの企業でも、これまでと違うデータ活用に注力して事業を拡大したり、業務を改善したりしようとする動きが出てきています。

もともと経営は、ある意味とてもデジタルな世界で、効果が見えることについては、広く導入しようという判断が下されていくものです。そして現代では、どんな会社でも、どんな部署・職種でも、データを使って売り上げやコストにインパクトを与えられる余地がたくさんあります。ですから、キャリアとしても非常に将来性があります。今後需要が増えることはあっても減ることはまずないと思います。

おすすめは「データサイエンティストは私です」宣言

――データサイエンティストになるためには、専門知識が必要でしょうか?

【原田】何しろ新しい職域なので、特別な専門分野の教育が確立されているわけではありません。先ほど、数学的な素養やエンジニアリングの素養が必要と言いましたが、実務で成果が出せるなら分野が偏っていても習熟途中でも構いません。包括的な考え方は知っておくべきですが、今後どんどん良いツール(分析ソフトウェアなど)ができてくるでしょう。これらの道具をうまく使いこなして事業に活用することができれば、そのような役割の果たし方もあるでしょう。

――男女関わらず、将来性のある職能といえそうですね。

【原田】私は「丸の内アナリティクス」という、事業会社でデータ分析に携わっている人たちが集まる勉強会を主宰していますが、女性も多く参画しています。そして今「丸の内アナリティクス」に来ている方々は将来、会社の要職に入っていくと私は考えています。どんな会社でも、データを使って利益に貢献できる余地は幅広く存在していますから。

「市場」は、人の心の動きに伴い動きます。ここ数年で、それがなぜ動くのか、どうしたら動くのかを分析できるほど、データが増えてきています。それまでは「何となく」や「経験値」でしか説明がつかなかったものが、データの形で可視化できるようになってきているのです。今、これほど面白い分野はないと思います。

少しでも関心がある人は、まずは自分がやっている仕事の中で、データを絡めて改善できるところがないか、見回してみるといいと思います。勤め先にまだそうした部署が存在しないようでしたら、覚悟を決めて「この会社のデータサイエンティストは私です」と言ってしまえばいいのです。大企業だけでなく、リソースの少ない中小企業であればなおさら、データサイエンティストが重宝される時代になります。実際、中小企業でもデータサイエンティストが活躍していたり、求人したりするケースが出始めています。今、足を踏み入れておくと、キャリア設計上かなり有利になると思いますよ。

原田博植(はらだ・ひろうえ)
株式会社リクルートライフスタイル ネットビジネス本部 アナリスト。2012年に株式会社リクルートへ入社。人材事業(リクナビNEXT・リクルートエージェント)、販促事業(じゃらん・ホットペッパーグルメ・ホットペッパービューティー)、EC事業(ポンパレモール)にてデータベース改良とアルゴリズム開発を歴任。2013年日本のデータサイエンス技術書の草分け「データサイエンティスト養成読本」執筆。2014年業界団体「丸の内アナリティクス」を立ち上げ主宰。2015年データサイエンティスト・オブ・ザ・イヤー受賞。早稲田大学創造理工学部招聘教授。