相続対策の始めの一歩は贈与から

2015年1月1日から相続税法の改正が施行され、相続税の基礎控除の定額部分が引き下げられました。従来までは、「5000万円+1000万円×法定相続人の数=相続税の基礎控除額」で、法定相続人が妻と子ども2人の3人の場合、相続財産8000万円までは無税でしたが、改正後は「3000万円+600万円×法定相続人の数=相続税の基礎控除額」となり、法定相続人が3人だと4800万円となり、3200万円分が課税強化となりました。

このことは一般的なニュースだけではなく、テレビのワイドショーやバラエティ番組でも大きく取り上げられ、最近は相続についての勉強がちょっとしたブームに。「うちも相続税を払わなくてはいけないかも」「うちも親が亡くなったら、相続争いをしちゃうかも」と、身近な問題となりました。

もし、節税をしつつ身内での相続争いを避けたいのなら、財産を残す人が元気なうちに対策を打つことが肝心。中でも親から財産をもらう(「贈与」を受ける)ことは何よりの得策になります。親や祖父母が相続税がかかるような資産家なら、相続の前に、まずは贈与です。

今回は2015年1月から登場した贈与の新しい制度を紹介します。

贈与で相続争いも避けられる

まずは贈与のおさらいです。そもそも贈与とは何かというと、当事者の一方の財産を、無償で相手に与えること。親がこの先、有り余るくらいの財産を持つ資産家なら、元気なうちに子どもへ贈与してもらいましょう。子どもは親に対し、「ここまで育ててもらっただけでもありがたいのに、財産までくれるなんてありがとう」と、感謝の気持ちがより大きくなるものです。これが親が亡くなった後だと、相続人である子どもは「財産を分けてもらってあたりまえ」と権利を主張し、相続争いに発展してしまうこともしばしばあります。

ところが注意しなければならないのが、親からまとまったお金をもらうには贈与税がかかることです。親が子どもにお金を渡すのになぜ税金がかかるのだ……、と怒る人もいますが、そこは日本の税制なので仕方がありません。そこで無税で贈与できる方法がいくつかあります。

子どもの家計を援助する「結婚・子育て贈与」

まず、新しく無税で贈与できるようになったのが、「結婚・子育て贈与」です。

親が20歳以上50歳未満の子どもの結婚、妊娠、出産、育児の費用を出してあげるなら、2015年4月1日から2019年3月31日の4年間に、1人当たり1000万円(結婚資金の場合は300万円)までの贈与が無税となります。

この制度の内容は、これから結婚するカップルを親がバックアップするというもの。新生活をスタートさせるにはけっこうお金がかかりますからね。今、少子化で国も困っているので、とにかく若い世代が結婚して、親世代から若い世代へ財産を移転してくれれば、若い世代がお金を使ってくれ、経済も発展するというものです。

ここで、無税で贈与できる条件とは、

・結婚資金……結婚するときに支出する婚礼(結婚披露宴を含む)の費用、新居に必要な費用、及び引っ越しに必要な費用
・子育て資金……妊娠に必要な費用、出産に必要な費用、子どもの医療費、及び保育料のうち一定のもの

とのこと。資産家の親を持つなら親のお金でバーンと派手な結婚式を行ない、新居の家具やインテリアも購入し、子どもを高級産院で産むのが親孝行なのかもしれません。

この資金を親はどのように子どもへ贈与するかというと、子ども名義で金融機関に信託口座を作り、税務署には金融機関名が入った申告書を提出します。親はその口座に贈与する分を入金し、子どもが払い出すときには、結婚、妊娠、出産、育児に関わるお金の証として銀行に領収書を提出するという仕組みです。

親が亡くなった場合、その時点で口座に残っている贈与のお金は、相続税の対象となり無税ではなくなります。「とにかく贈与を受けたお金は早めに使ってね」という国の方針が見えるというものです。ちなみに子どもの結婚資金や子育て費用、孫の教育費もその都度親に出してもらうなら贈与税はかかりません。

子どもへマイホームの頭金を援助する「住宅取得資金贈与」

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住宅取得資金等の贈与の非課税限度額(2015年1月1日より)

もう一つ拡充された贈与に「住宅取得資金贈与」があります。従来も「住宅取得資金贈与」はありましたが、無税になる金額が大幅にアップしました。

この制度の内容は、子どもが自宅を新築したり、マンションや建売住宅を買ったり、あるいはリフォームをするときに、親が住宅購入資金のうち1000万円までを無税で贈与できるというもの。一定の省エネ性、耐震性を満たす住宅なら1500万円まで無税です(2015年12月まで。その後も金額を段階的に減らして継続)。また、消費税率が10%になることに対応し(消費税は2017年4月から10%を予定)、2016年10月から1年間は2500万円、一定の省エネ性、耐震性を満たす住宅なら3000万円までの贈与が無税になります。

住宅を購入するとき、頼りにするべきは親です。なるべく多く頭金を入れれば、返済はぐっとラクになります。ここは将来は親孝行するという気持ちを真摯に伝えて、上手に資金を援助してもらいましょう。

実際のところ、資産家が住宅取得資金贈与をする場合、やがてくる相続税も考えているので、節税テクニックを使っています。子ども自身が貯めた金額に住宅取得資金贈与の金額を足した額を子どもの住宅の持分にして、残りを親が出して贈与者である親の持分にし、子どもはほとんどお金を出さないというもの。これは相続税では現金で持つより不動産にしたほうが資産評価額が低くなるからです。やがて来る相続時には、親の持分を相続して完全所有権にするか、事前に親の持分を贈与してもらい権利調整をします。

子どもの生活資金を援助する「暦年贈与」

最後にいちばんオーソドックスな「暦年贈与」を紹介します。

贈与税は年110万円を超えるお金をもらった人(贈与を受けた人)にかかります。つまり親から子どもへ年110万円まで贈与しても贈与税はかからず、申告の必要もありません。暦年贈与は年110万円までの贈与なら何人に対しても、誰に対しても無税で贈与できるので、嫁や孫にも贈与することができます。

こちらも2015年1月より「親、祖父母から子への贈与(直系)」と、「それ以外の贈与」に分けられ、直系に贈与する場合の税率が少し下げられました。

相続税対策として資産家が子どもへ暦年贈与するときの金額は主に3つのコースがあります。

【年100万円コース】
非課税枠内なので、贈与税は0円
【年300万円コース】
贈与税率10%なので、
[300万円-110万円]×10%=贈与税19万円
【年500万円コース】
贈与税率15%でも実際に負担する税率は10%以内になるので
[500万円-110万円]×15%-控除額10万円=贈与税48万5000円

贈与税は財産を残す親の相続税は資産が多いほど税率が高くなる累進課税であり、最高税率は2015年から55%になりました。資産家の相続税はかなりの高額になります。そこで今から少しずつでも子どもに無税で資産を渡す手段として暦年課税が使われることが多いです。

祖父母から孫へ贈与することも考えよう

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贈与税の速算表(2015年1月1日より)

以上、子どもへ無税で資産を贈与できる「結婚・子育て贈与」「住宅取得資金贈与」「暦年贈与」を紹介しました。この他に祖父母から孫へ贈与する「教育資金贈与」もあります。うちの親はそんなにお金を持っていないよ……という方も多いと思いますが、ここでポイントを1つ。

これらの贈与は、親から子どもへの贈与はもちろんですが、祖父母から孫への贈与にも適用されます。今、日本の金融資産は1645兆円(日銀発表2014年4~6月期の資金循環統計)で、不動産を含む資産をガッチリ握っているのは何を隠そう祖父母世代です。

このまま何の相続対策もしないまま祖父母が亡くなると、ガッツリ相続税を納めなくてはならないかもしれません。

世代を飛ばして、若い孫世代の結婚や住宅を援助する……、贈与はそんな制度でもあるのです。

マネージャーナリスト 坂本君子(さかもと・きみこ)
広告代理店、出版社にてサラリーで働くエディター、ライター、プランナー、コピーライターを経てフリーに。得意分野は投資、住宅関連。大ブレイクはしないけれど、仕事は堅実でハズさない。満を持して2008年に起業。個人投資家としての投資歴は15年選手(ちょっぴりプラス)。