女性で初めて醸造部部長に

キリン R&D本部 酒類技術研究所 副所長 神崎夕紀さん

醸造担当に異動になってから、私は神戸の新工場、横浜工場の新生産設備の立ち上げなどに携わってきました。やっぱり実際に製造の現場で実感したのは、自然の農産物と生きものである酵母を最大限に活かして、お客様に喜ばれる商品を作り出していくことの醍醐味でした。

ビールというのは工業製品ではないので、決められたレシピを設備でただ混ぜるだけではダメなんです。その年によって麦の質は違うし、季節によって釜の温度の上がり方や下がり方も全て異なる。そうした自然界の振れ幅を見ながら、プロセスの1つひとつをゴールに向けて微調整していく必要があるんですね。

どのような状況であっても、お客様のイメージするキリンの商品の味を同じように作り出す。だから、ビールの場合は「造る」ではなくて、「造り込む」というか、いわゆる「醸成させる」という言葉がしっくりときます。そこが面白い。多くの工程と多くのスタッフの全てが調和するように、その製造のプロセスを管理していくところが醸造部の腕の見せ所ということですね。

私が醸造担当の部長になったのは2006年のことでした。これは女性としては初めてのことでした。キャリアを積んでいく中で、明確に昇格も意識しはじめました。これはどんな仕事も同じだと思いますが、キャリアというのは積めば積むほどやりたいことが増える。設備をこうしたい、プロセスをこういうふうに変えたい……というように。

それを提案するだけではなく、議論が行われている土俵に自分が乗って、最終決定の場に参加するためには、それ相応の立場が必要です。経験を積み、職場を良くしたい、現場を変えたいと思えば思うほど、自分自身がステップアップしていかなければならないのが、会社という組織で働くということなんだと私も理解していくようになりました。特に工場は1つのチームですから、自分たちが努力して作り上げたものを最終的に評価する場所に自分もいたい、と強く感じるようになったんです。

失敗は数えきれないほど

そこに至るまでの失敗談は数え上げればキリがありません。特に設備の立ち上げを担当した際は予定通りに機械を動かすことができず、本社の制御系システムのエキスパートに頭を下げて、応援を頼んだようなこともありました。期間内に製造を開始しなければならないという逃げ場のない状況の中で、自分の力だけではどうにもならなかったことは何度もあります。

つらいことも落ち込むこともたくさんありましたが、1つだけ幸いしたと言えるとすれば、自分自身がわりと楽観的な性格をしていたことでしょうか。

職場は男性ばかりですが、私はどういうわけかみんなから「誰よりもオヤジっぽい」とよく言われるんです(笑)。まあ、お酒もそこそこ飲みますし、小さいことにはくよくよせずに、何かあっても「みんなで飲んで気分でも変えよう」「明日は明日でがんばろう」って思えるのはもともとのキャラクターなのかもしれません。

欲しいものはすべて手に入れて欲しい

まだ女性が少ない技術職の現場に入ってくる後輩に伝えたいのは、仕事に臨む姿勢が真摯でさえあれば、職場での男女の区別はいずれ取るに足らないものになるということですね。目の前のことに対してしっかり責任をもって、逃げずにきちんと1つひとつをやりきる。「女だから――」と言われることも確かにあるかもしれないけれど、若い男性社員だって工場に来れば、ベテランの人に「この若造が何だ」と言われるものです。それと同じで、仕事にきちんと臨む姿勢を持っていれば、そうした言葉は3日も経てば全く言われなくなるはずです。仕事に対して熱意と誇りを持って取り組んでいる人同士というのは、必ず最終的にはわかり合い、お互いを認め合っていくものですから。

私が社会に出た頃は、キャリアを作っていくための道が1本しかなくて、何かをあきらめなければ何かが手に入らない、というところが女性のキャリアには確かにありました。結婚や出産というのもその1つだったでしょう。

でも、いまは時代も変わりつつあり、思い描いていた1つの道をたとえ進めなくても、いろんなルートを通りながら、最初に向かおうと決めた同じゴールに辿り着けるようになってきたと思います。だからこそ、いくらでも道はあるんだと思って何事もあきらめず、欲しいと思ったものはすべて手に入れて欲しいですね。

●手放せない仕事道具
試飲ノート

●ストレス発散法
ジョギング、水泳、おいしいものを食べ、おいしいものを飲む

●好きな言葉
妥協しない、あきらめない

キリン R&D本部 酒類技術研究所 副所長 神崎夕紀(かんざき・ゆき)
1963年福岡県出身。大学院卒業後、バイオベンチャー企業を経て92年キリンビール入社、福岡工場品質保証担当。97年神戸工場品質保証担当へ異動し工場立ち上げに参加。98年神戸工場醸造担当へ異動。2006年より醸造担当部長。2013年より現職。