住宅ローンの金利が上昇している。大手銀行の中には、変動型の最優遇金利でも1%を超えるケースが出てきた。返済が始まっている場合、どのようなことに気をつけたらいいのか。ファイナンシャルプランナーの内田英子さんは「今後の金利上昇が怖いからと、安易に繰り上げ返済を進めてはいけない。手元の現金が激減し、むしろ家計が危機に陥りやすくなるケースもある」という――。
家の模型、コイン、上向きの矢印
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繰り上げ返済、借り換えには「待った」

メガバンクの変動型の最優遇金利の平均が年1%を超えた、と話題になっています。今まで見えていなかったリスクが見えてきて、不安を感じていらっしゃる方は多いのではないでしょうか。

住宅金融支援機構の調査結果では、変動型の住宅ローン金利の見直しについて、お客さまからの照会が「増えている」「多少増えている」と回答した金融機関は約6割に上るそうです。国土交通省がリーフレットを作成し、これから住宅取得を検討する方に対し金利タイプの慎重な選択を促すという驚きの動きもありました。

もし今、金利上昇の対策として「繰り上げ返済」や「借り換え」を検討されているなら、ぜひ一度立ち止まってみてください。どちらも手元資金を大きく減らす可能性があります。不安だからといって家計全体を見ないまま動いてしまうと、逆効果になる場合があります。

先行きを見通しづらい今は、やみくもに大きく動くことは得策ではありません。長期的な家計の生存戦略の視点から見れば、「攻め」よりも「守り」を優先すべき時期です。

これからの暮らしを守ることを目的とするなら、まず着手すべきは自分にとって必要なことや順番を明確にするプロセスです。金利上昇に負けない家計防衛の準備をはじめましょう。

「首都圏在住・40代夫婦・共働き・子2人」でシミュレーション

金利上昇局面でまず多くの方が考えるのは、繰り上げ返済です。筆者も普段住宅ローンに関するご相談をお受けする中で、ご質問をいただくことが多いテーマです。

確かに、繰り上げ返済をすると住宅ローンの残高を前倒しで減らすことができるため、今後の利息負担を減らすことができます。しかし、家計の戦略として考えると、繰り上げ返済は「攻め」の策です。ご自身にとってプラスに活かすためには、マイナス面も含めた影響を理解しておくことが大切です。

シミュレーションをもとに、繰り上げ返済の具体的な損得を一緒に確認していきましょう(事例はこれまでの筆者の経験から、定型化し作成しています)。

【首都圏在住・Aさんファミリー(仮)のプロフィール】

40代前半
夫婦共働き、子ども2人(末子は今年小学校入学予定。長子は中学受験を検討中)

世帯年収 約1320万円(手取り1056万円)
年支出額 784万円
現在の金融資産額 約1500万円<預貯金700万円、株式投資信託800万円(時価)>

3年前に東京近郊でマンションを購入
頭金+諸費用約850万円を拠出し、残り約7650万円をペアローン(変動金利型、当初年金利0.6%、元利均等35年返済)で借り入れ
当初の毎月返済額は約20万2000円

以下の条件で2026年5月に500万円を一部繰り上げ返済した場合の、住宅ローンのシミュレーション結果は以下(図表1)のとおりです。(期間短縮型)

○前提条件○
・当初年金利は0.6%。2025年7月以降半年ごとに+0.25%上がり、2026年1月に年1.1%になったとする
・今後は適用金利が半年ごとに0.25%上がり、2年半後、2.35%まであがるとする

【図表1】首都圏在住・40代夫婦・共働き・子2人のシミュレーション
500万円の一部繰り上げに対して約498万円の利息軽減効果が見込め、完済時期も約3年前倒しできるが……。(図表=筆者作成)

「約498万円」が浮き、「完済3年前倒し」になるが…

500万円の一部繰り上げに対して約498万円の利息軽減効果が見込め、完済時期も約3年前倒しできます。今後の金利上昇リスクにさらされる期間を減らせるため、一見すると合理的な選択に見えます。

しかし、これだけで繰り上げ返済にゴーサインを出してしまうのは黄色信号です。繰り上げ返済の裏で失われるものがあるためです。

家計を全体で見るには、資産と負債を並べたバランスシートが役立ちます。家計防衛の視点では、最終的にカギを握るのは現金化できる資産です。繰り上げ返済をすると、住宅ローンの元本は減りますが、その半面、手元の資金は大きく減少します。

以下の図表2をご覧ください。冒頭のAさんの例では、純資産額は変わらない一方、繰り上げ返済をした時点で現預金は500万円減ります。期間短縮型の場合、将来の返済回数を少なくすることで支払利息を減らすかたちとなります。住宅ローンの利息軽減額は約498万円ですが、すべてを回収できるのは28年後です。利息の軽減に先立って、現預金が失われる構図となります。

【図表2】繰上げ返済前後の家計の「資産」「負債」
繰り上げ返済をした前後の家計のバランスシート(図表=筆者作成)

その結果、例えば療養や障害、死亡、災害や離婚といった「万が一」に直面した時に、家計の自由や選択肢を大きく減らす可能性があります。気づいたときには時すでに遅し。家計収支や生活設計に大きな見直しを強いられるかもしれません。

“倒れたら”1年もたない、ギリギリの家計に

ここ数年は、物価も上がっています。物価上昇下で生活水準を維持するためには、黒字家計であることが最低条件です。

もし赤字家計に陥れば、蓄えの取り崩しが発生するでしょう。その時、充分な蓄えがなければクレジットカードやカードローンに頼らざるをえなくなってしまうかもしれません。

例えば、Aさんファミリーのような場合、家計収支は年272万円の黒字でしたが、変動金利型の住宅ローン返済にくわえ、今年から末子の小学校入学を機に、学童費用やおけいこ費用といった新たな支出が見込まれます。また、来年からは第一子の中学受験対策も視野にいれれば、塾へ通わせることも現実的にあるでしょう。

支出が増える中、もし繰り上げ返済に500万円つかってしまったら、残る預貯金は200万円。もし夫婦どちらかが病気や事故、失業などで収入が大きく減れば、一気に家計収支は悪化し、預貯金だけでは1年もたない可能性があります。物価上昇とともに支出増の圧力がさらに威力を増す中、運用資産の取り崩しが発生し、資産価値の減少とともに生活設計の見通しを急速に悪化させるおそれがあります。

「高金利のカードローン」を頼れば本末転倒

クレジットカードの分割払いやリボ払い、カードローンの金利は住宅ローンよりもはるかに高く、15~18%前後であることが一般的です。たとえば100万円を借りれば、利息負担だけで年間15~18万円です。ローン返済は未来のご自身が自由に使えるはずだったお金を毎月確実に減らします。さらに高金利ローンの借り入れを促すかもしれません。

焦って住宅ローンの繰り上げ返済を進めたために、資産を減らし、カードローンなどの高金利ローンを抱えてしまっては、本末転倒ではないでしょうか。

ここまでの話をまとめると、Aさんファミリーのようなケースでは「繰り上げ返済は適切な選択ではない」という結論に至ります。

では「借り換え」はどうなのでしょうか。変動金利型から固定金利型への切り替え、あるいはより低い金利の変動金利型への乗り換えです。

「条件がよい」のであれば、問題ないでしょう。しかし、借り換えが有効な選択肢となるケースは、実際には限られます。

「借り換えの諸費用」に数十万~100万円かかる

まず、固定金利型は一般に変動金利型よりも当面の適用金利が高くなりやすく、切り替えた時点で毎月返済額や利息負担が増える可能性があります。金利上昇への不安を抑えられる半面、その安心のために追加コストを支払うかたちとなります。

そのうえ、借り換えには審査があり、コストがかかります。例えば、抵当権の登記費用や印紙税、金融機関に支払う手数料など。これらを合算すると数十万円から100万円を超えることもあります。家の購入時にも同様の諸費用を支払ったはずです。これらの費用の多くは掛け捨てで、住宅ローン全期間で見れば、そのぶん負担は確実に上乗せされます。

書類にサインをするカップル
写真=iStock.com/Rob Daly
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もし借り換えを検討されるなら、家の購入当初に支払った諸費用も含めて効果を検証してみてください。安心を買うためのコストとしては、高すぎるものかもしれません。

繰り上げ返済も借り換えも、根本にあるのはこれから先の生活への不安ではないでしょうか。もしそうなのであれば、着手すべきは、自分たちの状況を棚卸しし、優先順位を見つけるプロセスです。

「バランスシート」の差し引きで家計をチェック

まずは、自分たちの資産状況を把握することです。大変面倒くさい作業ですが、ぜひ冒頭の図表2のようなバランスシートを作成いただきたいのです。文字通り、財産のバランス(偏り)が一目でわかりますから、将来のリスクや家計の強みを想像しやすくなります。ネット上でExcelのテンプレートを検索したり生成AIを使うまでもありません。図表2のような簡易なものを手書きで充分です。

記入する金額は資産・負債欄ともにそのときの時価や残高を記入するのが正攻法ですが、わかる範囲で、特に資産内の「住宅」欄は住宅ローン残高を書くかたちでも役にたちます。バランスシートは、家計の健康チェックのようなものです。プラスとマイナス両面を見ることで、差し引きの家計の体力が見えてきます。

次に活用できるのが「50・30・20ルール」です。生活費、自由支出、将来のためのお金のバランスを確認する、シンプルで実践しやすい家計管理の目安です。

家計管理は一生涯必要なスキルですが、筆者はこれまでの職務経験の中で、家計管理を安心して継続していくためには、多くの場合、納得感と支出バランス、ご自身でトラッキングできることが欠かせないと実感しています。そのため、お一人お一人が人生を楽しみながら、じっくりとお金の安心感を育んでいくために、「50・30・20ルール」は重要な目安だと考えています。

電卓で計算をする人
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「お金の使い道」を把握しておく

「50・30・20ルール」で推奨される割合は以下のとおりです。

・生活に必要な支出(Needs) 50%
・ゆとりや自由支出(Wants) 30%
・貯蓄やつみたて、繰り上げ返済など将来のためのお金(Savings goals) 20%

繰り上げ返済も、この「20%」の枠組みの中に位置づけるものです。Aさんファミリーの手取り年収は1056万円ですから、年211万円が目安となります。目安となる金額がわかったら、次はその金額の使い道を考えてみてください。もし使い道が明確にわかっていない状態なら、家計の全体像がまだまだ見えていないフラグかもしれません。安易に繰り上げ返済を決断するのはやめておきましょう。

そして最後が、長い時間軸で家計をとらえるステップです。人生で必要なお金はざっくりと、日々使うお金とあるタイミングでまとめて支払うお金にわけられます。一度にまとめてお金を支払うためには、事前の準備が必要です。準備の目的として、例えば以下のようなものがあります。

老後資金、教育費(進学・受験・留学)、住宅の修繕維持費、自動車関連費、家具家電費、医療介護費、緊急生活資金

まずは、これから先どんなことにお金が必要で、どこまで準備できているかを整理します。ご自身にとっての優先順位も確認していきます。難しい作業でわからない部分も多いかと思いますが、まずは金額抜きで項目だけ書き出すだけでも大きな第一歩です。

「返済の猶予」を手放すのはもったいない

どれも教科書的に感じるかもしれませんが、繰り上げ返済は、多額の現金を家に入れるかたちとなるため、後から後悔しても取り返すことができません。家計の全体像や優先順位が見えたうえで、資金がありライフプランにも適合しているなら、繰り上げ返済を検討されるといいと思います。繰り上げ返済するかどうかを決めるのは、最初ではなく、最後です。

これまで1%未満が当たり前だった変動金利型住宅ローンの金利が1%を超えたと聞けば、不安になるのは自然なことです。自分たちだけではなく世の中全体が変わっているのだと否応にも感じるでしょうし、今後の返済への不安も募ることと思います。

銀行の看板
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ただし、不安だからといって、繰り上げ返済や借り換えといった「攻め」の一手にでることが、家計全体にとって正解とは限りません。ローンは必ずしも悪ではなく、返済期間はその分猶予をもてていると見ることもできますから、安易にその権利をつぶしてはもったいないです。また手元資金を減らし、将来必要な資金の準備を損なえば、かえってご自身の将来の選択肢を狭めてしまうかもしれません。

筆者がこれまでのご相談経験を経て実感しているのは、ご自身にとっての優先順位や守りたいものとリンクできなければ、家計の安心にはつながりにくいということです。まず必要なのは「何を目指すのか。何を優先するのか。どこから始めるのか」を整理することです。

“住宅ローン以外”に目を向けて

金利ある時代のいま本当に求められているのは、目先の利息負担を抑える「部分最適」ではなく、人生全体から逆算して過剰なリスクを避ける「全体最適」を考える視点です。

物価高の世の中、住宅ローン返済額よりもその他の支出額のほうが多く、影響は大きいはずです。住宅ローンだけに目を奪われず、まずは家計全体を棚卸しし、暮らしを守る順番を整えることが先ではないでしょうか。きっとこれから先、ささいなことでお金に頭を悩ませなくてすむ、“ファイナンシャルウェルビーイング”の状態に近づいていくはずです。