現役世代が直面する住宅難
東京23区の新築マンション平均価格が「1億3613万円」――(※不動産経済研究所調べ、2025年)。住宅価格の異常な高騰が、現役世代を悩ませている。筆者は今年30歳になるが、同世代のエリートサラリーマンたちは世帯年収を優に超える住宅ローンを組み、家を買っている。
無論、彼らとて無謀に“借金”をしているわけではないのだろうが、いくらなんでも1億円超えはスゴい(と小心な私はどうしても思ってしまう)。今後も建築資材費や人件費の高騰に加え、インフレで住宅価格はさらに高くなるとの見方が一般的だ。
東京在住の私にとって夢のマイホームは遠のいていくばかりである。ただ、将来を見据え、賃貸生活からは脱却したい。妙案はないものか。
そんな雑念と計算が渦巻いていたころ、ユーチューブを開くとヒントが見えた。
目にしたのは、スウェーデン人モデル兼起業家のアントン・ウォールマンさん(32)の動画である。アントンさんは2019年から日本に住んでいる。移住後、都内や千葉県で7軒の「元・空き家」の戸建て・マンションを保有し、自らDIYでリノベーションを施している。これらの物件にアントンさん自ら住んだり賃貸物件として貸したりする「空き家起業家」だ。
三軒茶屋駅近の戸建てが土地代含めて2100万円
驚くべきはその価格だ。お住まいの世田谷区三軒茶屋の駅近(徒歩約10分)の戸建て物件でも土地代を含め「約2100万」。木造2階建ての再建築不可の築86年、約90平米の物件だったが、電気や水道などの工事は必要ないほどインフラがしっかりしていたとのこと。
投資ローンで購入し、こだわりの内装にリノベすることで、今では北欧と日本の文化がブレンドされた広々とした家に生まれ変わっており、アントンさんはここで悠々自適に暮らしている。
ご自宅に招いてくださったアントンさんに開口一番、「いくらなんでも新築マンションに1億3000万は高すぎる」と嘆くと、「その通り。世田谷区にも約5万軒の空き家があるとされています。空き家とリノベーションブームがこれから日本を席巻するでしょう」と流暢な日本語でニッコリ。
日本の空き家事情は世界でバズっている
実はアントンさんの活動には世界からも注目が集まっており、インスタグラムのフォロワーは111万人以上(うち、90万人ほどが海外在住の外国人だそう)。今や世界中で「家が買えない問題」は現役世代の困りごとになっていて、日本の空き家事情がバズっているのだ。
日本の不動産業界の問題点、ペアローンで身の丈に合わないタワマン、空き家を購入して本当に快適に住めるのか――。アントンさんに、現役世代が気になる住宅事情の諸問題をぶつけた。
日本のタワマンは「無個性」
まずアントンさんに聞いたのは、昨今の東京都内の住宅価格の高騰である。一部にはバブルと見る向きもあるが、アントンさんはこれを真っ向から否定する。
「東京は世界でも有数の経済都市。ニューヨークやロンドンで15年ほど前から住宅価格が高くなっていたことを考えると、今でもまだ日本は安いほうです。さらに日本は世界と比較しても、金利も異常に安く、圧倒的に住宅ローンを借りやすい国です。インフレで建築にかかるコストもうなぎのぼりに上がっていくでしょうし、家を買うなら早いほうがいいでしょうね」(ウォールマン氏)
一方、アントンさんは空き家を含めた中古物件の「リノベーションブーム」がこれから日本で盛り上がると予想する。住宅価格を含めたインフレに賃上げが追いつかず、庶民にとって新築は高嶺の花になるからだ。そして、同氏はそれを「良い流れ」と評価する。
「2019年に空き家ビジネスをはじめて以来、何百軒の新築一軒家・マンションを回りましたが、正直言ってつまらない。全部同じ間取り、同じクロス、同じフローリング……個性がないのです。品質も正直微妙な物件もあります。10億円のタワマンでもプラスチックの床タイルを使っていてびっくりしました。日本人の住環境への美意識を僕はすごく尊敬していて、日本の古い家では畳や無垢のフローリングなど、自然素材をいかした住みやすい空間をつくっていたのに。せっかく人生の長い時間を家で過ごすのだから、内装にはもっとこだわって個性を出すべきだと思います」(ウォールマン氏)
なぜ日本の新築物件が無個性になったのか
アントンさんは、日本の新築物件が無個性になってしまった理由を、銀行・デベロッパー/ハウスメーカー・国民の3者の利害が一致したからだと分析する。日本社会は長らく新築信仰が厚く、銀行は融資をつけやすいし、デベロッパーとハウスメーカーも内装を規格化したほうが採算を合わせやすい。購入する国民もステータス意識が強く周囲に「私はタワマンに住んでいる」などと自慢できるし、家の中身がチープでもインフラが整っている物件のほうが「楽」という心理が強いというのだ。
「日本の場合、スクラップ&ビルドが基本で、不動産業界全体が新築を高値で売ることに最適化したビジネス環境をつくっているのです。僕の三軒茶屋の家も、『再建築不可』だったからこそ2100万円ですんだのです。これが再建築可だったら、1億2000〜1億3000万円だったと思います。当然、火災対策や駐車場が建てられないなどの理由もあるのでしょうが、『リノベーションすればいいじゃん』と思います」(ウォールマン氏)
都内で1000万円台の物件はゴロゴロある
経済的に新築物件購入が厳しい以上、他の選択肢を考えるしかないのが現実である。実際空き家を購入し、DIYでリノベーションすることで安価に、豊かな暮らしを送ることができるのだろうか。
まず空き家の購入費用について。大体いくらぐらいで買えるのか、と尋ねたところ……。
「都内でも土地を含め1000万円台の戸建て物件もたくさんあります。ただ、問題は空き家の流動性が非常に低いこと。不動産屋さんはビジネスになりにくいから仲介しないし、銀行も融資を渋る場合も多い。現在の持ち主も『親が住んでいた家だから』『そのままにしていても特に問題がないから』などと、放置しがちです」(ウォールマン氏)
さらにリノベーション面においても、そう甘い世界ではないという。
「ネズミの死体」を処分する覚悟はあるか?
「買うほうも空き家の色々な問題をすべて自分で引き受けないといけないから責任重大です。私のこの家(三軒茶屋の自宅)も最初はネズミの死体を処理したほどですし、壁をぶち抜いて処分するお金もかかります。この家は徹底的にこだわったので、リフォームに1500万〜1600万円ほどかかりましたが、リノベーション専門の会社に依頼すれば、意外と安くすむ場合も多いです。
戸建てに関しては地震対策や断熱対策(場合によっては水道・電気工事)など、インフラにあたる部分は100万〜600万円は見ておいたほうが良いと思います。その上で、照明やインテリアなど、自分の好みの内装にリノベするために合計1000万円ほど必要でしょうか。1000万円あれば、かなり色々できると思います。
空き家のマンションは基礎がしっかりしていることが多いので、全て自分でDIYして200万〜300万円、というところでしょう。総じて、戸建でもマンションでも、リノベ代に1000万円は用意しておいた方が安心かもしれません」(ウォールマン氏)
いくら経済的だといっても、当然、空き家を住める場所にするためには根性が必要だということか。
「ただ、新築にしても欠陥住宅はありますし、住居にリスクはつきものです。それに、自分でDIYをすればどんどん楽しくなっていきますし、家への愛着も湧くようになります。家のために時間をつくることができる人には、DIYをオススメしますよ。本格的にリノベーションに取り組みたい人は、いきなり自分でやるのではなく、ある程度の手順を専門家から学ぶとハードルが低くなると思います」(ウォールマン氏)
900万戸超の空き家をどうする?
アントンさんの取り組みが注目されるのは、単に現役世代にオルタナティブな暮らしの選択を提示しているという理由だけではない。日本の社会問題である空き家問題解決の担い手としても熱視線が注がれているのだ。
総務省によると、日本には空き家が900万戸以上あり、総住宅数に占める割合はなんと13.8%。少子高齢化でこの数はさらに増えると予想されている。
2023年に空家法が改正され、空き家を放置していた場合の税的ペナルティが強化されることになった。数々の空き家を購入してきたアントンさんは日本政府の対策をどう見ているのか。
「まず、基本的に行政であっても『他人の家』の細々とした相続の問題に触れたくないのが現実です。中には相続をめぐって骨肉の争いをしている家もあるでしょうから。現在、空き家対策は市町村が縦割りで対応しているのが現実ですが、国として中央集権型のシステムをつくり、どこにどれくらいどのような状態の空き家があるのか、一目で確認できるようにすべきです。市町村によって空き家問題の取り組みにバラツキがあるのが現状で、これを改善すべきでしょう。また持ち主が簡単に空き家を手放せる仕組みを創出すべきです。デジタル先進国のスウェーデンなら、そういうシステムをつくれたと思います」(ウォールマン氏)
空き家を市場に流通させるために
さらに、民間の不動産会社に門戸を開き、空き家を市場に流通させることも重要だという。
「結局、物件はお金が発生しないと流動性が高まりません。政府は、民間企業が空き家を購入するインセンティブをもっと働かせるべきです。現状は権利問題などで企業への売却がグレーな部分もあります。もう少し住宅市場の透明性を高めて、今ある空き家という資産を活かす方向を考えていくべきです」(ウォールマン氏)
日本人は見落としてしまいがちな空き家という選択肢。アントンさんの住宅思想から現役世代はヒントを得てみるのもいいかもしれない。