【3】ビジネス心理学
―今の顧客は「言行不一致」なもの

顧客の潜在的ニーズは目には見えない。しかし、春先でも気温が上がれば、冷やし中華に手を伸ばすように、顧客の心理はできている。そこで、顧客心理を徹底して読み取ろうとするのが鈴木流経営学の最大の特徴だ。前掲のインタビューでも紹介されたイトーヨーカ堂での「キャッシュバック」や「現金下取りセール」はまさに、顧客心理をついた不況突破企画だった。

セブン-イレブンの店舗でも日々、心理学経営の実践が求められる。ゴールデンウイーク中にこんな取り組みをした店がある。連休中は必ずしも家族全員で出かけるとは限らない。一人取り残されたお父さんは夕食をどうするか。コンビニでふと手を伸ばしたくなる商品は何かと考えて、アルバイトがレトルトカレーを特集した売り場をつくったのだ。結果は大当たり。家で留守番をするお父さんの心理をつかんだ企画だった。

お父さんたちに事前に「連休中、家で留守番をしたらコンビニで夕食用に何を買うか」と聞いても、「レトルトカレー」とは答えなかっただろう。目の前に提供されると手を伸ばす。「言」と「行」が一致しない「顧客の言行不一致」の時代には、市場調査などを行っても潜在的ニーズはつかめない。鈴木氏はいう。

「潜在的ニーズは自分の中にもある顧客としての心理を掘り起こして初めてつかめる。だから、“顧客の立場で”考えることが重要なのです」

【4】情報術
―「一本釣り」より「はえ縄式情報収集術」

<strong>鈴木敏文</strong>●セブン&アイ・ホールディングス代表取締役会長兼CEO。1932年、長野県生まれ。中央大学経済学部卒業後、東京出版販売(現トーハン)入社。63年イトーヨーカ堂入社。73年セブン-イレブン・ジャパンを創設して日本一の小売業に育てる。2003年イトーヨーカ堂およびセブン-イレブン・ジャパン会長兼CEO就任。05年セブン&アイ・ホールディングスを設立し、現在に至る。
鈴木敏文●セブン&アイ・ホールディングス代表取締役会長兼CEO。1932年、長野県生まれ。中央大学経済学部卒業後、東京出版販売(現トーハン)入社。63年イトーヨーカ堂入社。73年セブン-イレブン・ジャパンを創設して日本一の小売業に育てる。2003年イトーヨーカ堂およびセブン-イレブン・ジャパン会長兼CEO就任。05年セブン&アイ・ホールディングスを設立し、現在に至る。

明日の予報は雨だから、とり五目おにぎりを多く揃える。連休中は留守番をするお父さん向けにレトルトカレーを特集する。「雨の予報」や「連休」のような顧客の潜在的ニーズを察知させる情報は「先行情報」と呼ばれる。どれほど先行情報を集められるかがその店の強さを左右する。

「大切なのは意識的に情報収集しなくても、これはと思う情報が頭の中のフック(釣り針)にかかってくることです。どうすれば明日の顧客ニーズをつかめるだろうかという問題意識を常に持っていると、それがフックになるのです」(鈴木氏)

情報の海の中で、われわれは情報を「一本釣り」しようと気負いがちだが、問題意識のフックさえ磨いていれば、情報が向こうからかかる。いわば、「はえ縄式情報収集術」。

セブン-イレブンでも積極的なアルバイトは、店の近くの工事現場の日程表も意味ある情報としてフックにかける。明日の工事予定から、昼食を買いに来る関係者の人数を予測し、ボリューム感のある弁当類の発注量を増やしたりする。周辺に会社が多い店では常連客との会話から社内の情報をつかみ、残業する社員向けの弁当を多めに発注したりする。

先行情報は今やあらゆるビジネスにおいて競争力を左右することを忘れてはならない。