ビジネスマンに必要なユーモアとは何だろう。商談中に爆笑をしてもらう必要はないが、相手との距離を縮めたり、よい空気をつくりたい。心をくすぐる程よいスパイス加減とは。各界の先達たちの言葉からそのあり様を探った。
元サントリー会長 佐治敬三(PANA=写真)

ビジネスマンにとって、ユーモアとは人を笑わせることではない。ビジネスマンは芸人じゃないから、ウケを狙ったり、商談中に爆笑してもらわなくともいい。しかし、だからといって、謹厳実直、四角四面の人間を目指せとも言いたくない。

私が直接会った経済人のなかで、ユーモアの価値をよく知っていると感じたのがサントリーの佐治敬三である。彼はウイスキー事業を拡大させ、ビール事業に参入し、フランスのグラン・クリュ・シャトーを買収し、サントリーをウイスキーメーカーから総合飲料企業へ脱皮させた。

駆け出しのライターだった私が「社長業は苦労が多いでしょう」と話を振ったら、「なんの、なんの」とからから笑った。

「先生(私のこと)、この商売は毎晩、べっぴんさんがいるバーやクラブへ行って、お酒を買うてえなとお手てをなでなでするだけですわ。こんな楽しい商売はありません」

洒脱という言葉がぴったりの人だった。だが部下たちから聞くと、怒ると獅子のように吠えたらしい。役員会の最中に、つまらない発言でもしようものなら、「おまえ、廊下で立っとれ」と一喝する。怒られた役員は「はいっ」と返事して、会議が終わるまで、役員室の外で立たされたそうだ。

そんな彼の社長時代、サントリーウイスキーの市場占有率が80%を超えていて、国会に参考人として呼ばれたことがある。「マーケット支配率が高すぎる。会社を分割する気持ちはあるのか」と問われた佐治は「会社を分ける前にまず、私の身体を真っ二つにしてほしい」と見えを切った。議員たちは堂々とした佐治の態度に返す言葉がなかった。だが、瞠目すべきはその後の話である。国会から帰る車のなかで、佐治はボヤいた。

「なんで、80%があかんのや」

同乗していた秘書が「ははっ」と頭を下げる。

「あのな、うちはちょっと前まで100%のシェアだったんや。それが80に落ちて、わしは毎日、嘆いとる。あいつらにはその気持ちがわからんのか」

佐治は冗談のつもりで言ったわけではない。彼は常勝将軍でいたかった。サントリーが初めて国産ウイスキーを売り出した時代のように、市場をすべて自社の製品で埋め尽くしたかったのだろう。