大きな傷跡を残した東日本大震災から1年半が経過した。エネルギー供給のあり方について、我々が今後に活かすべき教訓が2つあると筆者は説く。

震災でわかった「災害に強いエネルギー」

第二次世界大戦後の日本で史上最大の自然災害となった昨年3月11日の東日本大震災から、1年半以上が経過した。あれほどの被害が発生したにもかかわらず、日々の生活に追われる我々は、震災が残した教訓を忘れがちである。

そこで今回は、東日本大震災の経験から今後に活かすべき、ガス事業に関する2つの教訓に光を当てる。

それは、

(1)災害に強いLP(液化石油)ガスを、都市ガスが普及したエリアにも、防災用として要所に常時、配備する
(2)東海道や山陽道でも寸断されている天然ガスの都市間パイプラインを拡充し、整備する

という2点である。

今回の東日本大震災においては、災害に強いエネルギーとしてのLPガスの強みが、遺憾なく発揮された。経済産業省資源エネルギー庁の委託事業である「平成23年度石油産業体制等調査研究」の一環として行われた「東日本大震災を踏まえた今後のLPガス安定供給の在り方に関する調査」の『報告書』(みずほ情報総研、2012年2月)には、全国地域婦人団体連絡協議会の調査による、以下のような事例が紹介されている。

■岩手県一関市(旧藤沢町)
停電が続く中、被災直後より地区婦人消防協力隊の女性たちが集会所にて、LPガスを用い、3日間炊き出しを実施し、高齢者を中心に地域の40世帯を支援した。

■岩手県山田町
発災当日より3日目に自衛隊が来るまで、地域婦人会が中心となって地区防災センターにてLPガスの調理設備を用い懸命に炊き出しを実施。なお、地区内の一般家庭に対する点検・供給再開については、LPガス事業者は12日目(それ以前から使用再開中)と、電気の19日目、水道の36日目と比較しても迅速であった。

■宮城県南三陸町
津波から生き延びた地域住民が、山を越えて隣の地区の地域活性化センターに避難した。同センターのLPガスによる調理設備が無傷であったため、被災直後から炊き出しを行った。自分たちの分はもちろん、町役場の要請を受け、1200食のおにぎりを4日間にわたり提供した。

■宮城県仙台市
住宅に設置されている容器は、地震による揺れで倒れたが、4日目にLPガス事業者の点検があり、5日目にはお風呂に入ることができた。これらの事例から、LPガスが、東日本大震災においても「災害に強いエネルギー」としての本領を発揮したことは、明らかである。