大槌—ケアマネジャーになりたい

大槌高校の4人。左から東紗希さん、菊地真央さん、柏崎繭さん、古舘笑海さん。

岩手県上閉伊(かみへい)郡大槌(おおつち)町は、北に大槌川、南に小槌川と、北上高地から流れる2つの川に南北を挟まれ、東は太平洋に面した三陸の町だ。海からは鮭が遡上し、豊かな湧水が淡水魚のイトヨを育む。大槌川の北には井上ひさし『吉里吉里人』(1981年)の舞台としても知られる集落があり、湾内には井上が脚本を書いた人形劇「ひょっこりひょうたん島」のモデルとなった蓬莱島が浮かぶ。

震災前の人口は15994人。802人が亡くなり、505人が行方不明となった。昼のチャイムに「ひょっこりひょうたん島」のテーマソングを流していた町役場ごと、中心市街地は津波に呑み込まれた。

「家は高台にあり震災の被害を受けなかったので、震災前と同じ家に住んでいます。ただ、家の少し下の所まで津波が押し寄せたので、私が住んでいる家の周辺は孤立しています」

岩手県立大槌高等学校2年生の東紗希(あずま・さき)さんが語る。大槌川を少し遡った高台にある大槌高校は津波の被害を免れた。 学校敷地の先端部からは、大槌の町と三陸の海が見下ろせる。 被災直後は、病院から金融機関まで、町の中心機能がこの高校に置かれ、校庭は自衛隊のベースキャンプになった。同校から「TOMODACHIサマー2012 ソフトバンク・リーダーシップ・プログラム」に参加した4人に話を聞いた。大槌高校卒業生の進路は進学と就職が半々だという。東さんは、就職を希望している。

「TOMODACHI〜」に参加し、初めて行った合州国の印象を訊く。東さんの視線は、孫正義がビデオメッセージで語った「カリフォルニアの青い空」とは逆の角度に向けられていた。

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岩手県大槌町の位置。

「ホームレスがいっぱいいたこと。親子のホームレスもいれば、犬を連れている人もいて。アメリカは日本より進んでいると思ってたので、ホームレスはいないと思ってたんです」

東さんが就きたいと思っている仕事はケアマネジャー(介護支援専門員)だ。

「いろいろなことに挑戦してみたいけれど、地元の介護施設でケアマネジャーができれば。小学校5年生のときに祖父がリハビリ施設に入って、祖父のケアをする人たちを見て、介護の仕事、いいなと思ったのがきっかけです。いろんな人と触れあえるのがいいなって。わたし、おじいちゃんやおばあちゃんと話すの、好きなんです」

ケアマネジャーは合格率15.3%(注:本連載での資格関連の数値は、成美堂出版『最新最強の資格の取り方・選び方全ガイド '14年版』より引用)の難関。2000年4月の介護保険制度施行に伴い誕生した仕事だ。寝たきりや認知症などで介護を必要とする人や家族からの相談に応じ、適切な介護サービスを受けられるよう介護サービスメニューを作成する。介護保険施設には最低1人はケアマネジャーを置かなくてはいけない。都道府県が実施する介護支援専門員実務研修試験に合格し、実務研修修了後に登録される。つまり、高校を卒業してすぐに取得できる資格ではない。東さんはどういう順序でケアマネジャーになろうと考えているのか。

「障がい者支援施設への就職を希望しています。でも、障がい者支援施設でも、介護支援専門員の資格を取れるかどうか、まだはっきりとわからないんです……。取れるのであれば、取りたいです! チャンスがあれば、ホームヘルパー等の資格も取得して、自分の仕事の幅を広げて行きたいです」

この回答は取材後にメールで質問し、東さんから得たものだ。連載全体を通して高校生たちとはSNSやメールでのやり取りを重ねた(その多くが原文にフェイスマークや機種依存の絵文字を多用している。高校生らしさ全開の文面は読んでいて楽しいのだが、ウエブ表示の限界とすでに高校生ではない読者の便を考え、文意を損ねない範囲でこちらの判断で字面を変えていることをお断りしておく)。東さんはこう書き添えている。

「ちなみに私が希望している施設の仕事内容は生活介護全般、食事・入浴介護です。職種は生活支援員です」

「生活支援員」は国や自治体が管理する資格ではなく、それぞれの障害者施設が求人を出し、採用する職の名称だ。採用され、施設で実務経験を積むと、国家資格である介護福祉士(合格率63.9%)、社会福祉士(同26.3%)の受験資格を得ることができる。難関のケアマネジャー資格はその上位に位置する。東さんに、ケアマネジャーになるには何を手に入れないといけないと思うかを訊いてみた。

「体力つけなきゃ(笑)。ケアマネ自体はたぶん、そんなに体力はいらないと思います。『体力に自信がなくてもできる仕事』と言われているそうなので(笑)。ただ、私は福祉の仕事は体力があった方がいいと考えています。体力があったほうが行動範囲も広がると思います。時間がある時には施設にも行って、直接、利用者の方と触れ合い、心のケアもできる人になりたいです」

「時間があるときには〜」は補足が必用だろう。東さんは介護施設の事務室の中で「頭脳労働」だけをしたいとは思っていないということだ。そこには彼女の体験がある。