「社長就任おめでとう。君がある問題に直面されたとき、厳寒のなか、我等の柔道場に吹き込んできた雪を畳とし、こごえながら練習してきたときのことを思い出して乗り越えてください」

島津製作所社長 
中本 晃 

1945年、鳥取県生まれ。米子東高校から、69年大阪府立大学工学部卒業後、島津製作所に入社。品質保証部長、LC部長などを経て、2000年執行役員。01年取締役。07年専務取締役に就任し、広報、経理などを担当。09年より現職。一般社団法人日本計量機器工業連合会会長も務めている。

09年6月、現職に就いたとき、かつて一緒に汗を流した鳥取県立米子東高校柔道部の仲間が送ってくれた祝電には、こうしたことが綴られていた。とても嬉しく思いながら読んでいて、ふと頭のなかに浮かんできたのが井上靖の『北の海』である。

この小説を初めて手にしたのは1980年前後、島津製作所に入社してから10年くらい経った頃であった。もともと私は井上靖の著作が好きで、『氷壁』『敦煌』『天平の甍』などの代表作を読んでいた。そして、井上靖の自叙伝的な小説として有名な『しろばんば』の続編にあたる本書を開くと、その物語の世界のなかへ一気に引き込まれていった。

主人公の洪作少年は沼津の旧制中学を卒業したものの、上の学校の受験に失敗する。無聊をかこっていたある日、旧制四高(第四高等学校・現在の金沢大学)柔道部の部員と出会い、体の大きさや腕力に影響されがちな立ち技中心の柔道ではなく、寝技を中心とした「練習量がすべてを決定する柔道」があることを知る。そして、自分も四高で柔道をしたいと意を決するまでの話だが、私の青年時代とオーバーラップした。

小学校の頃、体があまり丈夫でなかった私は、学校を休みがちであった。中学校に入学した私は、体を鍛える目的で柔道部に入る。そして、柔よく剛を制す世界に魅了され、稽古に励んでいくうちに体力もつき、米子東高校へ進学した際には、柔道を続けることに何の迷いもなかった。