コンセプトに縛られない、頭でっかちに考えない。三浦さんとの対談で見えてきた「ハモニカを創った男」手塚さんの発想法。連載題5回目は、いよいよその核心に触れる。同時性、美術史家ハンス・ゼーデルマイヤ、インド初代首相ネルーの著書……。新しいビジネスを始めるときには、ビジネスのことばだけで考えていてはいけないのだ。

手塚一郎(Ichiro Tezuka)
1947年、栃木県生まれ。国際基督教大学卒。79年、吉祥寺にビデオ機器販売店を開店。81年にビデオ・インフォメーション・センターを設立。98年、吉祥寺駅前のハモニカ横丁に「ハモニカキッチン」を開店。現在は同横丁内だけでも10店を展開。
三浦 展(Atsushi Miura)
1958年、新潟県生まれ。一橋大学社会学部卒業後、パルコに入社、情報誌「アクロス」編集長を務める。90年、三菱総合研究所入社。1999年、カルチャースタディーズ研究所設立。家族、若者、消費、都市問題などを研究。近著に『第四の消費』(朝日新書)、『東京は郊外から消えていく!』(光文社新書)。

「手塚さん、あなた自分のこと勘違いしてるんじゃないの」

2011年オープンの「片口」。酒、刺身、寿司の旨い店。

【手塚】ぼくは「この店はオーガニックで」とか頭の中で考えてやるんじゃなくて、人や素材を生かしてお店をつくっているんです。やってみるとこれが面白いんだよね。できるだけそれがやれないかなと思ってるんだけど。

【三浦】ちょっとまとめた言い方をすると、都市的偶然性みたいなもの?

【手塚】そう、そう。ぼくって何かやるとき頭でっかちにならない。自分の頭が100だとすると、その中で知性って5%もないような気がするんですよ。実は残り95%で勝手にみんな生きているんじゃないですか、と。そうすると、やることの95%は失敗するんですよ。仕入れをやっていてもわかるんだけど、100仕入れたらほとんど売れないんですよ。売れるのは良くて20%。商売は本来、そういう工程でいかなきゃならない実験みたいなものなので、それが当たり前だとぼくは思ってる。

さっき三浦さん、偶然性って言ったよね。ハンス・ゼーデルマイヤが言ってたのかな、偶然というものだけが、まだ解かれていない、と。ぼくは偶然って同時性だと思うんですよ。今、こうやって三浦さんと話しているときも、世界中で、60億、70億人の人間がガチャガチャ動いている。これを何とかするのは無理でしょう? でも、ずっと長い間、人間ってそれを何とかできるものだと思っていたような気がする。でも、もうこんなの放っとくしかないじゃん。

この吉祥寺の街の中でも4年間ぐらい町会と付き合ってきて、ああだこうだと、まちづくりの株式会社をつくろうとか言ってきたけれど、みんな駄目になった。これは行き詰まったなあと思ったら、R不動産の松尾尚司さんに「手塚さん、あなた自分のこと勘違いしてるんじゃないの。あなたってもともとゲリラみたいな、テロみたいなことしかやってないのに。やりたいこと、やればいいじゃない」って言われて。あっ、と思った。

そのころ、吉祥寺の案内所をNPOでつくろうって言ってたんだけど、なかなか受け入れられなくて、じゃあ自分でやろうと思って、今、つくっているんだけれど、それで気分がすごく楽になったんです。自分が軽く簡単にできることを少しずつやるというやり方に戻った感じがしている。

それまでは、みんなを説得して何とかやろうとしていたんですね。だって町内会は民主主義だから。でも、ぼくにはもともと向いてないかもしれないね。途中で、むかっ腹が立ってきて、もういい加減にしろよとカッとなって(笑)。今、この瞬間にすべてが同時に存在しているということを、みんな、よくわかってないと思うんですよ。すごいことだと思いますよ。だって、どうしようもないんだもんね。

【三浦】なるほど、今、地球の裏側が真夜中で、冬で、誰かが何かしているということはどうしようもないなあ(笑)。

■ハンス・ゼーデルマイヤ
Hans Sedlmayr. 美術史家。1896年、オーストリア(当時はハンガリー領)生まれ。主著に『近代芸術の革命』『中心の喪失』『光の死』。
■同時性
どうじせい。synchronicity. スイスの心理学者・精神医学者カール・ユングによって提唱された概念。共時性(きょうじせい)とも言う。因果関係のない2つの事象が似通ったものになること。虫の知らせのような、意味のある偶然の一致。心に思い浮かぶ事象と現実の出来事が一致すること。
■R不動産
正式名称「東京R不動産」。建築家・都市計画家の馬場正尊らが運営する不動産物件紹介ウエブサイトの名称。古いマンション、倉庫、古民家など、通常の不動産紹介サイトでは扱わない特色ある物件を扱う。松尾尚司さんはR不動産の営業スタッフ。