入社2年目にタイ工場に日本人幹部として赴いたとき、意気込んであれこれ指示したが、現地スタッフは動いてくれなかった。私が自分の考えばかり押しつけていたからだ。現地スタッフにしてみれば、自分の声を尊重してくれない上司には従えないということだろう。その苦い経験を機に、人を動かしたいならまず相手の話を聞くことから、と考えるようになった。

1992年、子会社社長として再びタイに送り込まれた私は、本社に第二工場の建設を要求した。当時は円高の影響で業績が厳しく、「一国一工場」が原則だっただけに、無謀な提案ともいえた。

それでも、この機を逃すと将来に禍根を残すと判断し、資金の算段などできることは全部整えて、1人で社長に直談判した。大きな提案なら何人かで説明にいくのが普通だが、私は難しい提案ほど1人で実行することにしている。責任もリスクも1人で負うことになるが、単身で乗り込む心意気や情熱を買ってもらえる。そこまで腹をくくれば、提案書の文章にも情熱や思いがこもる。逆に、集団陳情では一貫した説明ができないし、思いや本気度が伝わりにくい。

もちろん、思いだけで人は動かない。私は「○○をすれば、会社や事業はこういう姿や結果になる」と語ることにしている。この方法が奏功したのか、何度も跳ね返されながらも提案はついに実現した。

このように最終的なイメージを具体的に描いてみせる手法は20代の頃から心がけてきた。報告書や提案書を書く際、状況説明や分析に力を入れすぎて、取るべきアクションとそれによる結果が見えてこなければ、相手の心をつかめない。枝や葉をいくら集めても、根や幹が見えなければ意味はない。

経営者や管理職が部下を動かすときは、現場・現物・現実を理解してから、目指す姿を明快に語り、具体的に指示する。

一方、現場の従業員が上司や会社を動かそうとするなら、会社の経営戦略を熟知したうえで、アクションと結果を具体的に描き、それが戦略にどう絡んでいるかを語ればよい。会社の戦略に沿った提案なら半ば通ったも同然。却下するには相当な理由がいる。人を動かしたければ、相手を徹底的に知ることだ。結局、これに尽きる。