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取引コストの概念がすごいのは、これがそのままガバナンスの説明になっているということだ。ガバナンスというと「取締役会の構造が……」みたいな話になるのだが、ここではさらに上位概念としてのガバナンス、つまりさまざまな経済取引を統御する原理を考える。

一橋大学大学院
国際企業戦略研究科教授

楠木 建
1964年東京生まれ。1992年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。一橋大学商学部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より現職。専攻は競争戦略とイノベーション。日本語の著書に、『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)、『知識とイノベーション』(共著、東洋経済新報社)、監訳書に『イノベーション5つの原則』(カーティス・R・カールソン他著、ダイヤモンド社) などがある。©Takaharu Shibuya

経済取引のガバナンスには2つのメカニズムがある。一つが「市場」、もう一つが「組織」だ。だからタイトルが『市場と企業組織』になっている。市場の反対は組織で、組織の反対が市場だというのがウィリアムソンの考え方だ。組織の対語というと、ふつうは「個人」を考えるかもしれない。しかし、個人が集まったものが組織だから、組織と個人は対ではなく、「含む・含まれる」の関係にあるといったほうがよい。組織の対語は市場である。市場でないものが組織で、組織でないものが市場なのだ。このように、組織と市場は「色即是空」の関係にある。

市場と組織が経済的な取引をするための代替的な手段だとすると、どちらを取るかを決める要因は何か。それが取引コストだというのがウィリアムソンの理論の中核だ。

市場では、価格シグナルによって取引が決まる。たとえば株式市場。みんながいまの株価を見て買うか買わないか、どれだけ買うかを決める。参入も退出も自由。一方の組織においてはある特定の主体が計画して、指令して、みんなが従う。しかもメンバーシップは長期継続的だから、参入と退出は相対的に自由ではない。

経済学を勉強した人は「市場の失敗」という話を聞いたことがあるだろう。これは、ある取引を市場でやると取引コストが高すぎるから、組織の中でやったほうがいい、という状況を指している。当然、その逆の「組織の失敗」もある。組織というメカニズムで取引をすると、取引コストが高くつきすぎるので、市場で取引した方がいいというわけだ。要するに、「取引コスト」という補助線を引くと、まったく別々のように見えていた市場と組織が、実はシンメトリックな概念であることがわかるのである。アタマがすっきりする。

身近な例で説明しよう。たとえばキャベツをスーパーマーケットで買う行為は市場での取引である。スーパーで値段のついたキャベツが積んであるのを取ってレジで買う、この取引を統御しているのは市場というメカニズムになる。この場合の取引コストが不合理なほどに高くなるケースを考えてみよう。キャベツが本当に安全かどうかわからない場合、安全かどうかを調べるのに、キャベツが1個100円なのに、調査費用が1万円かかるとする。そうすると、取引コスト(この場合1万円)が高いので、むしろ自分の家で奥さんとか子どもに指示して、計画を立てて、「組織的に」キャベツを育てた方がいいだろうということになる。

これがキャベツを例にとった「市場の失敗」だ。その場合、取引が市場(スーパーでの購入)というメカニズムから、組織(家庭菜園での生産)というメカニズムに移される。つまり、市場の取引の取引コストが高すぎると、市場は後退して組織が全面に出てくる。