「とりあえずビール!」──居酒屋に入ってまず一言。我々はその店で扱うビールの銘柄を自然と選ぶことになる。飲食店は巨大な試飲の場だ。それだけにテーブルにビールが運ばれてくるまでには、営業マンの熾烈なバトルがある。

タキシードを着て手紙を持ってきた

そこまでやるのか……。

アサヒビールのスカイツリープロジェクト特命担当部長、実田広之の話を聞きながら、正直そう思った。率直な感想を小路明善社長にぶつけてみた。

「メーカーが川下の飲食店さんまで行って営業活動をすることに、一般の方は驚かれるかもしれません。しかしこれはビール業界全体がやっていることで、アサヒだけがやっているわけではありません。

全体のパイが大きく伸びていれば、たぶんここまではやらないでしょう。しかし、現在のようなマイナストレンドの中では、問題解決型営業で川下に向かわない限り、飲食店さんにアサヒのビールが自然に流れるということはないのです」

アサヒはリーシング(テナント誘致)の段階から東京スカイツリーに深く関わってきた。なぜビール会社がテナント誘致を手伝うのか違和感があるが、全国の飲食店情報を大量に保有しているビール会社がリーシングのみならず、飲食店のコンサルティングから社員教育まで買って出るのが、いまや当たり前なのだ。

東京スカイツリーは東京ソラマチという一大商業施設を抱えている。ソラマチには日本全国から一流の繁盛店ばかりが誘致されており、地方の名店がソラマチに出店するための一切の世話――食材の仕入れ先の紹介から従業員の宿舎の斡旋まで――をビール会社が担ったケースが多い。そこまでやっても自社のビールを扱ってもらえるかどうか、蓋を開けるまでわからないのだという。

アサヒはスカイツリーのオフィシャルパートナーであり本社も至近距離にあるため、リーシングには圧倒的に有利なポジションにいた。しかし、注目度日本一の商業施設になんとか食い込みたいのは、他社とて同じこと。いかにして東武鉄道のコンセプトに合致した飲食店を誘致し、その店で自社のビールを扱ってもらうか。各社の営業マンたちはスカイツリー完成の遙か前から、激烈な店舗誘致合戦を繰り広げていたのである。数あるスカイツリーの飲食店の中で、「夜のマグネット」の役割を果たしているのが「リゴレット ロティサリー アンド ワイン」である。経営するのはHUGE。新丸ビルや六本木ヒルズにも出店する、いま最も旬な飲食チェーンだ。