素晴らしいアイデアを考えついたかと思えば、混乱して思考停止状態になってしまう頭のなか。しかし、どのように物事を考えているのか、そのメカニズムについて私たちはあまり関心を抱いてこなかったように思える。それだけに科学的に立証された脳の仕組みを知ることで、的確な判断をくだす思考法のヒントを与えてくれそうな気がしてくる。

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脳が思考する仕組み

北京オリンピックの競泳日本代表チームに招かれて「勝つための脳」に関する講義・指導を行い、北島康介選手のアテネオリンピックに続く100メートル・200メートル平泳ぎ金メダル獲得など輝かしい結果に大きく貢献した日本大学大学院総合科学研究科の林成之教授は、脳神経外科医として長年にわたって研究を積み重ねてきた脳の仕組みを次のように説明する(図参照)。

「脳に入ってきた情報はまず『大脳皮質神経細胞』で認識され、次に『A10神経群』と呼ばれる部分に到達します。ここで『好きだ』『嫌いだ』といった感情が生まれ、その感情がレッテルとして情報に張られます。次に情報を理解・判断する『前頭前野』へ入っていき、自分に対してプラスの情報であれば『自己報酬神経群』へ持ち込まれます。そして、自分にとって価値の高いものにするために『線条体―基底核―視床』『海馬回・リンビック』へと進んでいきます。A10神経群から海馬回・リンビックまでの神経群を『ダイナミック・センターコア』といって、このなかを情報がぐるぐる回りながら、人間は思考しているのです」

私たちの脳のなかでは、実に複雑な思考システムが機能しているわけだ。しかし、驚いてばかりはいられない。林教授は思考力を高めるための重要なポイントを伝授する。それは、各神経群の機能を守るために生まれてきた「本能」の働きと、それを脳にとってプラスに作用させる「習慣」についてである。

まず、A10神経群について林教授は、「自分を守りたいという自己保存の本能が基盤になっています。たとえばテストで悪い点数をとると、自分を守るために『こんな点数は覚えておきたくない』『この科目は嫌いだ』というように好き嫌いが決められます。そこで『もうダメだ』『もう無理だ』と思うと、脳の“否定語”として作用して、脳の思考力をダウンさせてしまいます。つまり、何事も否定的にとらえないことが、脳にとって“いい習慣”になるのです」と語る。

次の前頭前野で物事を理解して「正しいか」「正しくないか」を判断する基盤になっている本能が「統一・一貫性」である。私たちが「筋の通らないものはダメ」と判断するのは、すべてこの統一・一貫性が基盤になっているから。それゆえ、その理由を問われても「いいものはいい」「悪いものは悪い」としか答えようがない。実はそうした統一・一貫性を活用することで集中力を高められるという。

「仕事をしていれば、嫌なことでも考えなくてはいけないことが当然出てくるでしょう。そのときに大切なのは『環境の統一・一貫性』を保ってあげることです。つまり、自分の脳がよく働く一定の環境をつくってあげる。その環境のことを私は“マイゾーン”と呼んでいます。それはトイレのなかだったり、蒲団に入って目を閉じた状態だったり、人によってさまざまでしょう。しかし、マイゾーンに入っていると、集中力が高まって考え続けることができるようになります」

もちろん、オフィスに自分専用の個室がなくても一向に構わない。デスクの周りを整理して、目に入るものは考えるのに必要な資料だけという状態に保つだけでも、マイゾーンをつくることは十分に可能なのだ。そして次第に隣で同僚が電話をしていても気にならなくなり、ダイナミック・センターコアのなかで思考を巡らせるようになっていく。