一時は「事業仕分け」の対象になったスパコン「京」は、2011年6月、11月に世界最高速を記録して世界一に輝いた。今までのビジネスの常識を変えるとされる「スパコン」の最前線に迫る。

「世界一のスパコン」はどこでも通用する“印籠”

突然の訪問を訝る客に、山田昌彦は“まじない”をかけるように説く。

「富士通が開発中の新型スパコンが世界一を取る見込みだ。富士通はこれで、さまざまなソリューションを提供できる用意がある。例えば○○……」

そして、“世界一のスパコン”という呪文は、山田の期待をはるかに超える効果があった。山田の部下であるテクニカルコンピューティングソリューション事業本部シニアマネージャー、石原康秀が苦笑しながら打ち明ける。

「山田本部長が我々のビジネスを“印籠ビジネス”と笑いながら話していましたが、決して間違いではないですね」

「世界一のスパコン」。この称号は、水戸黄門の葵の印籠のように、世界中どこでも通用する“印籠”だった。

タイ、シンガポール、サウジアラビアなど富士通のスパコンに強い関心を示す国々は、その性能はもちろんのこと、世界一のスパコンを作り出す富士通の「世界最高峰の技術力」に期待しているからだ。そして“世界一”の称号が富士通のビジネスチャンスを一気に広げたのは間違いない。例えばタイでは、この数年、国内経済が急速に進展し、国内の購買力も飛躍的に伸びている。富士通は同国に現地法人を持つものの、そのビジネスは、進出した日本企業とのものが大半を占めていた。山田が語る。

「スパコンが欲しい、衛星が欲しい、衛星画像を使いたいなどの案件を想定していたのですが、今回のタイ側からの要求は全く予想外のものでした」

公害が問題となっているタイの「マプタプット工業団地」。

その要求といえば、「マプタプット工業団地で深刻な公害問題が起きているので解決してほしい」というものだった。タイ科学技術省の官僚の話を聞きながらも、山田はやや困惑の色を隠せなかった。富士通が得意とするソリューションは、気象情報システム「アメダス」など、センサーなどから得られたデータを情報処理するというものだ。しかしながら、政府が望む公害問題の解決は、富士通のシステムでできるのか。それが、ビジネスになるのかも全く見当がつかなかった。

「とにかくやってみよう」

タイから環境問題の解決の話を持ち帰ってきた山田は、こう断を下した。

そして石原に指示を出し、タイの現場に行くように命じた。石原を待っていたのは、この公害に対するタイ政府の真剣さと切実さだった。この工業団地はタイの公害問題の象徴として、連日CNNなどのメディアで取り上げられ、今や国民が注目する政治的案件となっていた。

「相当なプレッシャーを感じました」

テクニカルコンピューティングソリューション事業本部長
山田昌彦

石原がタイの科学技術省を訪れたところ、幹部が顔を揃えて待ち構えていた。世界一のスパコンを作る富士通の技術力に対する期待が高く、1960~70年代に日本で発生した深刻な公害問題である水俣病やイタイイタイ病、四日市喘息などを克服した歴史を理解していた。これまで富士通の海外事業といえば、欧州などの先進国のビジネスが主流だった。公害問題を解決するビジネスの規模は、まだ数億円程度でしかないが、山田らの期待は大きい。タイの事例が成功すれば、スパコンだけでなく、得意とするIT技術を駆使した公害問題の解決という、新興国に食い込む新しいロールモデルを構築できる可能性があるからだ。

そして公害問題の解決などを含む「環境ソリューション」は、富士通の技術力をさらに引き出す“触媒”の役回りも果たす。一からスパコンを作り上げることができるのは、世界で米国のメーカーと富士通だけという事実に、新興国は注目しているのだ。高い技術力を武器に新興国に日本発のシステムを売り込む。ここに新興国攻略のカギが隠されている。