知識はあるのにアイデアが浮かばない、物事がうまく整理できない……。そんな悩みを抱えているなら、一度あれこれ思案することをやめ、身体から脳の機能を高める方法にアプローチしてみてはいかがだろう。

ゆるんだ状態を脳に覚え込ませる

ゆる体操は、脳と筋肉の反応を理想に近づけることを目指している。たとえば、大勢の人前でスピーチをする場合、普通の人は緊張する。ところが、場慣れしている人は「緊張してはまずい」と身体が勝手に深呼吸したり、肩を上下させたりして、硬くなった身体をほぐす。緊張を解きほぐそうと脳神経が無意識のうちに身体に働きかけているわけだ。

ゆる体操を続けていると、これら一連の働きかけが無意識のうちにできるようになる。結果的にどんな緊張を要するような場面でも冷静に対応し、的確な判断ができるようになる。実は、ゆる体操の多くは、このように人間が疲れたときや緊張時に自然に取る身体の動きをヒントにしている。

さらに、ゆるんだ状態の記憶が定着すると、その後はちょっと体操をしただけで、脳がゆる体操の効果を思い出し、簡単に身体がゆるむようになる。つまり、継続すればわずかな体操で大きな効果が得られるのも、ゆる体操の大きなメリットなのだ。

ほかに「ひざコゾコゾ体操」も、脳神経への働きかけに効果的だ。この体操は、あおむけの姿勢で片方のひざを立て、もう片方の足をひざの上に載せ、ふくらはぎの“イタ気持ちいい”部分を探しながら前後に動かしていくというもの。

実に単純な運動だが、始めてから2、3分もすれば「ああ気持ちいい。ふくらはぎはこんなに凝っていたのか」ということが体感できるだろう。この快感によるリラックス効果が脳にとてもいいのだ。夜寝る前に行えば、いつの間にか記憶がなくなり、気がついたら朝だった、という人も多いが、これも非常にいい。

最近は、睡眠時間を充分取っているのに疲れが取れない人が多く、これが脳に慢性的な疲労を蓄積させる原因になっている。ところが、ひざコゾコゾ体操をすると、とてもよく眠れる。ベッドから出た瞬間から活動的に動ける自分に驚くはずだ。コンディションがよければアイデアが生まれやすくなるし、情報の整理能力も格段にアップするというわけだ。

また、足を前後させるという動き自体にも意味がある。仕組みはこうだ。

まず足の前後運動により、腰椎の両側上下から大腿骨の上部につながっている大腰筋が使われる。大腰筋は背骨と骨盤の位置を正しく保つ役目を担っており、スポーツ選手の能力機能向上や美しいスタイル維持の要とされる筋肉だ。ひざコゾコゾ体操を行えば、この大腰筋が鍛えられると同時に背骨を取り囲んでいる体幹部の筋肉がゆるむことがわかってきた。

通常はほぐしにくい体幹部の筋肉がゆるんでくると、運動の刺激が背骨の上部、頸椎にまで届くことになる。頸椎の先端は脳の延髄や中脳という部分にまで重なり合っている。このため刺激は自動的に脳にまで伝わる。つまり、精神的な快感と、運動による神経の刺激というダブルのルートから、脳機能を向上させる効果があるということだ。

ここまで「ゆる体操」による脳の活性化効果を紹介してきたが、実はこの体操にはもう一つ、大きな効能がある。それは身体の「軸」が明確になることだ。

昔から「あの人は一本軸が通っている」とか、「軸がぶれない人」という言葉がある。また、野球やゴルフでも「軸」が重要だと言われる。この場合の軸とは、頭頂から体幹部のセンターを通るラインだと考えられている。これがしっかりしている選手はスイングが安定しているというのは専門家の一致した意見だ。

いずれも言葉が表しているイメージは恐らくほとんどの人は理解できると思うが、ここで言う「軸」とは具体的に何かと聞かれて明確に答えられる人はいないのではないだろうか。

なにしろ、身体を解剖してもそこに何か特定の器官があるわけではない。つまり、実体がないのに、あたかもあるかのように存在し、人間の身体の動きや精神を支配するものだから、私はそれを「身体意識」と名付けることにした。「全身を天地方向に貫いている一直線状の意識」、それが「軸」なのだ。

軸がしっかり形成されると、その意識がガイドラインとなり、ひざや腰が曲がったり、変に力むことなく、よりまっすぐに立てるようになる。左右のバランスが整い、首のポジションが安定して頭をしっかり支えられるようになるので、肩こりや腰痛もなくなる。また、身体のバランスがよくなるため、疲れにくくなる。

軸が明確かどうかは、精神面にも大きな影響を及ぼす。これは、軸がぶれないことで定評のあるイチローを見れば一目瞭然だが、なんといっても精神的に常に安定している。大きなプレッシャーがかかる場面でも動揺することなく冷静なプレーを続けられるし、記者からの質問にも常にシャープな受け答えができている。

また、軸ができると、物事の本質が見抜けるようになってくる。視野が広がる一方で注意力が増し、実は人よりも小さなことに広く気づくようになるのだが、枝葉末節は気にならなくなり、大切な部分だけを効率よく掴めるようになる。大所高所に立った行動が取れると言い換えてもいい。まさに理想的な“大人”になることができるわけである。