論理的思考を叩き込んでくれた恩人

サンフランシスコの仕事が一段落して帰国すると、次の案件が待っていた。クライアントは財閥系のある工業メーカー。工場の新規展開がうまくいかずに赤字が続いていた。これを黒字化に持っていくプロジェクトだった。

数年前にマッキンゼーが系列の造船会社でコストダウンのプロジェクトを手掛けて成果を挙げていた。そのときの副所長がクライアント会社に所長として転任したことから、再びマッキンゼーに仕事を依頼してきたのだ。

プロジェクトチームは大所帯だった。マッキンゼーサイドから5人。日本人は私だけで、残る4人は全員外国人。クライアントからは30数人が集まった。

巨大なプロジェクトチームを動かすのは、後に私の得意技になる。将来、その会社を背負って立つような有望な若手社員を集めて、マッキンゼーの人間と組ませる。マッキンゼーは外部の常識と分析手法を持っているし、若手の有望株は会社の内情も業界の動向もよくわかっている。双方が手を取り合えば、最強の戦略チームが出来上がる——。『企業参謀』という概念の"走り"になったのがこの仕事だった。

最初の仕事に続き、入社2番目の仕事でも、その後のコンサルタント人生の財産になる貴重な経験を得た。まず挙げなければいけないのは、アンガス・カニングハムというイギリス人との出会いである。

サンフランシスコではジェイ・アビーから仕事のやり方、フィールドから必要な情報を得る方法を学んだ。しかし後になってわかったのだが、それはマッキンゼーだったら誰もがやっていることだった。

私は「分析力」を武器にマッキンゼーの中で頭角を現すことになるのだが、論理的な分析の何たるかを叩き込んでくれた恩人がアンガス・カニングハムである。

クライアントの会社は東京の郊外にあった。都心からは中途半端に遠い。マッキンゼーのメンバーには先方から高級車が一台与えられて、外国人の3人はその車で行き来した。連中は朝方車でやってきて、夕方早々に切り上げて都心に帰っていく。夜は六本木辺りで遊びたいのである。

私は毎日通うのは面倒臭いし、通勤で作業時間が削られるのがもったいないので会社の独身寮の一室を借りて住み込むことにした。同じく現地に泊まり込んで生活を共にした変わり者がカニングハムだった。