「この野郎、そんなことも知らないのか!」

9月からスタートしたサンフランシスコでの仕事は年を越えても続き、結局、トータルで半年ほどかかったと思う。

クライアントが取り扱っていた商品が農業用の機具だったので、フィールドサーベイ(市場調査)のために人間より牛の数が多いような農村地帯をレンタカーで回った。調査は十数州に及んだ。

情報の収集と分析が私の主な仕事だった。わからないことは元エンジニアのMBAホルダーであるアビーが教えてくれるのだが、私があまりに経営のことを知らないので時折、癇癪を起こす。

ある程度の材料が出揃ったタイミングで、「ここまできたら、この事業のブレーク・イーブン・アナリシスをやろう」とアビーが言い出した。

break even。経済用語では損益分岐分析のことである。しかし、私は英語でも日本語でもそんな言葉は耳にしたことがない。「何分析だって? Breakということは骨でも折れるのか」と怪訝な顔をしていると、アビーはイライラを爆発させてこう言った。

「この野郎、そんなことも知らないのか!この程度の分析、小学生だってできるぞ。お前なんか、Tits in the Bullだ!」

牡牛のオッパイ。つまり、「搾っても何も出ない、役に立たない」という意味の罵り言葉らしいのだが、これまたMIT時代から聞いたことがない言い回しだった。

アビーから大いに学んだのは、知識よりも仕事のやり方である。

ネットのない時代だから、まずは思い当たる情報源に電話をかけまくる。

「マッキンゼーのジェイ・アビーだけど、○○の分野に詳しい人を2、3人教えてくれませんか」

こんな調子で何のてらいもなくあちこちに電話して、人や組織を紹介してもらったら、受話器を置く間もなく、紹介先に電話する。

「○○さんのご紹介であなたのお名前をいただいて、お電話したんですが…」

このようにして伝手を広げていくと、そのうち意中の人物にたどりつく。すぐさまアポイントを取り付けると、飛行機のチケットを手配して、次の日には現地に飛んで目的の人物と面会している。もしくは「お前、ここに連絡してあるから行って来い」である。