都内有数の高級住宅街の中にひっそりと佇む禅寺がある。今、ここに週末ごとに30~40代のビジネスマンが30人近く集まってくるという。半世紀近く続く老舗の「坐禅会」に、参加してみたら……。
作家 藤原智美
1955年、福岡県福岡市生まれ。県立福岡高校、明治大学政治経済学部卒業。92年『運転士』(講談社) で芥川賞を受賞。近著に『暴走老人!』(文藝春秋社)、『検索バカ』(朝日新書)などがある。

夏である。近所の海辺には海水浴客が押しよせている。

しかし今も時おり思い浮かぶのは、雪景色のなかの永平寺だ。ひっそり静まりかえった坐禅堂。しびれる足の感覚。しんしんと冷える法堂、そこで繰り広げられた100名近い僧侶らによるド迫力の朝課(ちょうか)。それらがまざまざと脳裏に思い浮かぶ。

あの清浄感、うだるような夏だからこそ、かえって憧れをもって蘇ってくるのか。プレジデント別冊の体験取材で、福井にある曹洞宗大本山、永平寺に向かったのは2010年2月だ。一泊二日の参禅修行はまさに未知の体験だった。あのときの寒さ、肉体の痛みは貴重な記憶となって心身に居残っている。

ともかく懐かしいのである。できればまた上山(寺に入る)したいと思っていた矢先、編集部からこんな話がきた。

「東京でプチ修行しませんか」

断るはずはない。しかし、東京にそんな場所があるのか、と思いきや、世田谷区砧にある禅寺で、一般向けの坐禅会が開かれているというのだ。