長谷川閑史が、“グローバル経営者”と呼ばれるもう一つの特徴がある。それは日本人経営者には珍しく、経営リスクを取れる点にある。長谷川は、こう語る。

11年度はナイコメッド買収により、売上高は上がったものの武田薬品本体では売り上げが下がった見込み。営業利益は、依然として高いものの今後は予断を許さない。12年3月以降、37年ぶりとなる2000億円規模の社債発行をする。

「ある程度、すべての事業判断にリスクはつきものです。100%安全だったならば誰でもやるし、そんな案件は市場に出てくるわけないしね」

今回のナイコメッド買収では、買収提案を役員会に諮るときに「恐らく、反対にあうだろうな」と思っていたという。

案の定、買収提案に、役員の全員が反対した。長谷川は、ある程度の反対は予想していたものの、まさか全員が反対するとは思っていなかったという。

反対理由は主に3つだった。(1)漠然とした不安。無借金経営を貫いてきた会社として莫大な借金をしてまで買収する必要があるのか。(2)新興国市場は成長はしているが、その分、リスクも高い。(3)ナイコメッドには、イノベーションが期待できる分野がほとんどない。これまで研究開発型の企業として成長してきたタケダとは全く違う企業文化、というものだ。

長谷川は、役員が投げかけたこれらの疑問、不安に対して、ナイコメッド買収を手がけるチームに命じて、一つ一つ丁寧に答えさせた。その後、開かれた役員会で、侃々諤々の議論が続いたが、最後に長谷川は、役員に向かってこう諭した。

ナイコメッド買収で、15年度、アジア・新興国の売り上げは全体の2割を占め、欧州の売上比率も上昇。新興国シフトが加速化する。

「この会社(ナイコメッド)を買収するリスクに比べたら、何もやらないリスクのほうが高いと思う。今、主力商品の特許が次々と切れて、売り上げが下がっている。株主や投資家などには、15年に、売り上げがピークだった08年度と同じ水準に持っていくと、説明している。それには、買収しかない。わかっていながらやらないのは、どういうことなのか」

といい、さらにこう続けた。

「ロシアのカントリーリスク云々をいうが、日本におけるそれと比べて、どちらがいい、悪いといえない部分もある。こういうときこそ、何もしないでジリ貧になるよりも、リスクがあったとしても前に進むほうが、経営者としては必要だと思う。だから(買収を)了承してほしい」

そして、ナイコメッド買収が決定した。