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伝説の番組『ゲバゲバ90分』は何が画期的だったのか

楠木 建●一橋大学大学院 国際企業戦略研究科教授。1964年東京生まれ。1992年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。一橋大学商学部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より現職。専攻は競争戦略とイノベーション。日本語の著書に、『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)、『知識とイノベーション』(共著、東洋経済新報社)、監訳書に『イノベーション5つの原則』(カーティス・R・カールソン他著、ダイヤモンド社) などがある。©Takaharu Shibuya

井原がプロデューサーとして手がけ、大成功したテレビ番組のひとつが『巨泉・前武ゲバゲバ90分!』(1969~1970年)だ。私と同年代のド中年の方々のなかにはご記憶の方も多いだろう。この番組がつくられるプロセスをみていくと、まさに戦略ストーリーの要諦そのものが浮かび上がってくる。

まずはストーリーの起承転結の「起」にあたるコンセプト。『ゲバゲバ90分!』は90分のなかにショートギャグを130シーンも入れていくとう仕立ての、当時としてはきわめて斬新な構成で、いままでにないスピーディなテンポが特徴だった。放送されたのは昭和44年から45年、テレビを見る人が増えてきて、映像メディアから情報を得ている人と、活字メディアから情報を得ている人のジェネレーションギャップが、いよいよはっきりとしてきた時代だった。

井原はそこに着目し、テレビ会社やスポンサー企業の人は実は活字の旧世代であり、ほんとうにテレビを見て楽しんでいるマジョリティとはズレているのではないかという仮説をたてた。とりわけ、大人と子供のコマーシャルに対する反応の違いに興味を持った。大人たちはCMを本編の途中のトイレ休憩のように思っていたのが、子どもたちは逆で、CMになると目を輝かせて見ていた。そこから「CMに近い本編」というコンセプトが出てきた。

戦略ストーリーの要となるコンセプトは、喜ぶ顧客の姿が目の前に立ち現れてくるような言葉でなくてはならない。そのためには八方美人は禁物である。「誰を喜ばせるか」以上に「誰に嫌われるか」を明確にしなくてはならない。だれもが喜ぶということは、本当に喜ぶ人はだれもいないのと同じである。井原は新しい世代の「テレビ人間」を喜ばせ、「活字人間」からはあえて嫌われる番組作りを目指した。