「そのタイミングが来るまで待ってると死んじゃうし」と大前さんは笑う。読者に向けて発信するタイミングも、戦略コンサルタントとして経営者に言うタイミングも同じ――すなわち「今、やろう」なのだ、と。大前研一、その着想の秘密を探る連載第4回。

11年前の『新・資本論』で言い終えていたこと

書きたいときに書く。それが私の出版に対する姿勢である。読者に迎合してテーマを決めたり、今の読者の理解力はこれくらいだから、追いつくまで待とうとか、このレベルまで書こうとか、そんな計算はまったくない。

出版社に言わせれば、本を出すタイミングや旬というものはあるのだろう。しかし熟れるのを待っていたら、寿命が尽きてしまうかもしれない。だから今、言いたいことを書く。私にとっては書きたいときが旬なのである。

結果として内容が「早すぎる」ということは確かにある。たとえば2001年に出版した『大前研一「新・資本論」』。21世紀の経済はケインズ経済的な実体経済に加えて、ボーダレス経済、サイバー経済、マルチプル(倍率)経済の4つの経済空間で構成されている。それらが相互に作用し、渾然一体となった「見えない経済大陸」では、これまでの経済原則や企業戦略がまったく通用しない事象が次々と起こり、4つの経済空間を束ねて発想できる者のみが勝ち残る、ということを著した本だ。

出版当時としては飛躍した内容から日本での反響はもうひとつだったが、リーマン・ショックやヨーロッパの経済危機、瞬く間に巨大化する新種の企業群の登場など、近年になって世の中で騒がれるようになったことのほとんどすべてが本書で説明されている。ユーロとドルとの大西洋を跨いだ葛藤や、プラットフォームで富が創られるという考え方など、ようやく今になって世の中が実感として『新・資本論』の世界を理解し始めたように感じる。『ボーダレスワールド』は1989年の出版だが、グローバル経済の到来を高らかに宣言した最初の本だろう。10年早かったから価値がある、という場合もあるのだ。

2006年に出した『大前研一「新・経済原論」』では、『ボーダレスワールド』の次なる段階を『新・資本論』で示した経済要素と絡めて論じた。併せて、世界から富を呼び寄せて、次代の主役になり得る世界の地域国家の事例も挙げた。当時は「そんな場所には混乱と貧困以外にない」という反応だったが、今やそれらの地域から目覚しい成長の足音が聞こえてくる。国民国家の時代は終わりを告げ、地域国家が新しい繁栄の単位として浮上してきた証左である。日本で大阪都構想が持ち上がったのは(また、私がその実現を応援しているのは)、決して思い付きや偶然ではない。