被ばくの「確定的影響」と「確率的影響」

奥 真也●会津大学先端情報科学研究センター教授。1962年大阪府生まれ。府立北野高校、東京大学医学部医学科卒。東大病院放射線科に入局後、埼玉医大放射線科、東大病院22世紀医療センター准教授を経て、2009年から福島県の会津大学先端情報科学研究センター教授。医師、医学博士、放射線科専門医、経営学修士(MBA)。研究室のサイトでブログを執筆中。
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原発事故で問題になっている低線量被ばくについて、3回に分けてお話しします。今回はまず、低線量被ばくの簡単な解説をしていきます。さまざまなメディアで低線量被ばくが扱われているので、皆さんがそれぞれに理解されていることでしょう。ここでは、できるだけ直感的にわかりやすく説明することを試みたいと思います。放射線に関する影響が全国的にも盛んに報道がなされていた時期からしばらく経っていますので、基礎的な事項にも触れています。

原発事故が起こった当初、枝野官房長官(当時)が、「(住民の方に)ただちに健康に影響はない」と繰り返し、不評を買ったことがありました。たしかに、枝野さんの言葉は、表現に問題があったと思いますが、あれを聞いた私は、さすが弁護士出身者だけあって、嘘はつかないものなのだなあと感じていました。あの発言は「確定的影響はないが、確率的影響についてはわからない」というふうに受け取れるからです。

放射線の人体への影響は、「確定的影響」と「確率的影響」に大別されます。

「確定的影響」とは、大きい線量を比較的短期間のうちに受けたときにもたらされる影響で、受けた人はほぼ必ず症状を呈し、重篤な場合は死に至ります。

これに対し、「確率的影響」は、少ない線量を比較的長期間に受けたときにもたらされる影響を指します。「がんの発生」が、代表的な影響と理解していただいてよいと思います。確率的影響と言われる理由は、放射線を受けたすべての人が影響を受けるのではなく、一定の確率で影響が出るだけだからです。

この「少ない線量」を低線量と呼びますが、本稿では合計100ミリシーベルト未満の被ばくを1年以上の長期間にわたって受けることを「低線量被ばく」と呼ぶことにします。これより上の中線量(ここでは100ミリシーベルト以上)の被ばくに関しては、「100ミリシーベルトの被ばくで、1000人に5人くらいに発がんがおこり、それ以上の量では、量に比例してがんの発生率が多くなるようだ」というのが大方の専門家の一致した見解です。ただし、「1000人に5人」という部分は、根拠として重視する科学的報告(論文など)の違いにより、5人より少ない数や、逆に多い数が引用されることもあります。

なお、「確率的」は、stochasticの訳語であり、必ずしも、線量と影響の比例関係を示すものではありませんが、確率という言葉の日常的な意味に引っ張られ、比例関係を想像させるのだと思います。低線量で比例関係があるかどうかについては、この後、LNT(Linear Non-Threshold=直線しきい値なし)仮説のところで説明します。