海外でつくるより国内製が強い理由

円高=産業の空洞化――。

史上空前の円高水準が続く状況を目の前にして、マスコミは常套句のようにこの公式を口にしている。しかし、円高になると産業が空洞化するというのは、本当なのだろうか。

筆者が記憶している最古の円高は、1985年のG5によるプラザ合意の後の円高だ。1ドル235円だった円が、わずか24時間後には20円も値上がりし、1年後には1ドル150円台での取引が日常の風景となった。

あのときもマスコミは、「日本の輸出産業は壊滅する。生産拠点の海外移転は必須だ」と喧伝した。円高=産業の空洞化を力説したわけである。

たしかにあの時代、生産拠点の海外移転が進んだのは事実だろう。日本のメーカーが東南アジアに工場を建てることが当たり前になった。昨年、大洪水に見舞われていたタイのニュースを見ても、これほど多くの日本企業が進出しているのかと驚かされることしきりである。

しかし、85年のプラザ合意以降の円高によって、日本の産業は決して空洞化しなかった。金融緩和と内需拡大策のセットによって日本はバブル景気に突入していき、後に「失われた10年」と名付けられる悲惨な事態を招きはしたものの、日本からメーカーが消えてなくなることはなかった。いや、正確に言えば、いくつかの産業は空洞化したかもしれないが、産業すべてが空洞化する事態には至らなかった。

では、今回の円高はどうか。85年から見ても二倍の水準にある超円高は、今度こそ日本国内の生産拠点を根こそぎ蒸発させてしまうのだろうか?

ここに、円高=産業の空洞化という公式に対する、明らかな反証がひとつある。2011年8月、日本ヒューレット・パッカード(HP)が、東京の昭島工場でノートパソコンの生産を開始したのだ。「生産の海外移転」ではなく、「国内生産の開始」である。年間生産台数50万台規模になるというビッグビジネスを、中国の工場からもぎ取ったというのだから、すごい。

この逆「産業の空洞化」とでも呼ぶべき現象の仕掛け人が、同社副社長の岡隆史である。足かけ6年にわたる、ヒューレット・パッカード本社との激しい交渉の末、ノートパソコンの国内生産を認めさせた。岡が言う。