「メザシの土光さん」のバイブルとは?

尊徳の高弟にもう一人、福住正兄(ふくずみまさえ)がいる。師の身の回りを世話しつつ、言動を刻明にメモした。これを明治17年から20年にかけて、『二宮翁夜話』の書名で刊行した。『報徳記』と『二宮翁夜話』の2冊が最良のテキストである。両著をバイブルとし、報徳思想を実践したのが、行政改革で有名な土光敏夫(どこうとしお)である。メザシで夕食をとる質素な生活で知られた。得た金は、確か皆寄付していた。

出久根達郎 でくね・たつろう●1944年、茨城県生まれ。古書店主・作家。93年『佃島ふたり書房』で直木賞受賞。近著『[大増補]古本綺譚』が好評。

『二宮翁夜話』から、現代の私たちにも通じる言葉を、いくつか拾ってみる(適宜、現代文に訳した)。

「江戸は水にさえ金を払う町、と言う者は怠け者、水が売れると言う者は勉強人である。まだ9時なのに10時だと言う者は寝たがる奴で、まだ9時前なり、と言う者は勉強心のある奴なり」(これは有名な言葉である)。

「大事をなさんと欲せば、小さなる事を、怠らず勤むべし」

「多く稼いで、銭を少く遣い、多く薪を取って焚(た)く事は少くする、是を富国(ふこく)の大本(たいほん)、富国の達道(たつどう)といふ」

「禍福二つあるにあらず、元来一つなり」

たとえば庖丁でナスや大根を切る時は福だし、指を切る時は禍である。富は誰もが欲する物だが、自分の為にする時は禍になり、世の為に使えば福となる。「財宝も又然り、積んで散ずれば福となり、積んで散ぜざれば禍となる」