暑さと貧困に苦しむアフリカの人々を何とかして「悪魔の病」マラリアから守りたい……。蚊の行動を追う実験の日々の末に、ついにWHOが認める高品質の防虫蚊帳が出来上がった。

年間100万人以上が「悪魔の病」で命を落とす

<strong>伊藤高明</strong>●ベクターコントロール事業部技術開発部主幹、農学博士(写真左)。出張中に自らもマラリアにかかったときはベッドのパイプがガタガタ動くほど震えてしまい、つらかったという。右はアフリカの子どもたちの笑顔に支えられていると語るベクターコントロール事業部事業部長・水野達男氏。
伊藤高明●ベクターコントロール事業部技術開発部主幹、農学博士(写真左)。出張中に自らもマラリアにかかったときはベッドのパイプがガタガタ動くほど震えてしまい、つらかったという。右はアフリカの子どもたちの笑顔に支えられていると語るベクターコントロール事業部事業部長・水野達男氏。

キリマンジャロの麓に位置するタンザニア・アルーシャ市。そこにアフリカ初の「オリセットネット」の生産工場が誕生したのは2003年9月。現地メーカー・AtoZ社(AtoZテキスタイル・ミルズ)に、住友化学が無償で技術供与をして実現したものだ。工場の開所式には政府高官ばかりか、大統領までもが出席。この一事で同工場の稼働が、タンザニアにとっていかに重要なことであったかが窺えよう。

だが当時、住友化学の社内では、オリセットネットの存在を知る人は皆無に近かった。製品はもう1994年に完成していたのに、だ。「社長もその直後にダボス会議から招待状が来て、初めて知ったんですよ。へえ、うちにはこんなものがあるのかと」。伊藤高明はこう言って笑う。今や世界が称賛する住友化学のアフリカ支援ビジネスは、それほど長い間、“伊藤商店”の事業であった。

オリセットネットはマラリア予防を目的とした防虫蚊帳だ。マラリアはハマダラカが伝播する病気で、年間約4億人が発症。死亡者も100万人以上に上る。その9割がアフリカで発生しており、死亡者の多くは5歳以下の子どもだ。今なおワクチンが開発されていないため、感染を予防するには夜行性のハマダラカに刺されないようにするしかない。

オリセットネットはその蚊を遮断する。糸に殺虫成分が練り込まれているからだ。薬剤が「コントロールドリリース」技術で徐々に染み出るため、何回洗濯しても効果が5年以上持続する。通常のポリエステル蚊帳と違いポリエチレン製で、網目も大きいため、耐久性と通気性にも優れる。つまり1張5ドルのこの蚊帳の中で寝るだけで、就寝中にマラリアに感染するリスクを回避できるのだ。