朝日新聞をはじめ、数多くの媒体で書評を手がける斎藤氏。希代の読書家が、戦後60年間のベストセラーから時代の趨勢を読み解く――。

『冠婚葬祭入門』大ヒットの担い手は「団塊」の親だった!

「ベストセラー」はいったい誰が買い、支えているのでしょう。歴史を振り返ると、そのときそのときのベストセラーを後押ししている存在がうっすらと浮かび上がってきます。

戦後しばらくは、一部の教養人。『三太郎の日記』(1914年)などを青春の必読書としてきた旧制高校的教養主義を体現する人たち。ボーヴォワール『第二の性』(53年)、フランクル『夜と霧』(56年)といった真面目で難しめの本を好む、もともとの本好きが中心だった。

それが、55年体制が誕生したあたりから、もう少し下の世代へ広がっていく。54年には「カッパブックス」が創刊され、読者層の幅はぐっと広がり、文壇では安岡章太郎、吉行淳之介など「第三の新人」と呼ばれる若い作家たちがデビュー。『太陽の季節』(55年)で一世を風靡した石原慎太郎は芥川賞を認知させ、ベストセラーには、次の時代へ向けて新しい国づくりをしようといった、明日を見つめる明るいものが多くなった。

60年代の高度成長期からバブル崩壊までの長いスパンで売れ行きに影響力を及ぼすのが、団塊の世代とその家族です。

まず、20年前後に生まれた団塊世代の親たち。彼らは社会生活を営むうえで戦後民主主義の波と経済成長の恩恵をもろに受けた。農村から都市へ移り住み、夫は会社勤めで妻は専業主婦。経済的な飢餓から解放され、いよいよ核家族化へ進んでいく――という具合。『冠婚葬祭入門』(70年)がベストセラーになったのも、都市型の新しい儀式のスタイルが求められたから。彼らがちょうど50歳近くなった頃、子どもたちは結婚適齢期、親たちの先行きも……ってことが背景にあったはず。『私は赤ちゃん』(60年)、『スパルタ教育』(69年)といった子育て本が流行ったのも、核家族化で子育ての相談相手がいなくなったのと、やっと子育てに意識的になれる余裕ができたためかもしれない。