Jacques Attali
1943年生まれ。アルジェリアの首都アルジェ出身。フランスのエリート養成機関であるグランゼコールを卒業後、38歳にしてミッテラン大統領の大統領特別補佐官に抜擢され、頭角を現す。現サルコジ政権の知恵袋、「アタリ政策委員会」のトップとして、フランスの財政再建政策のカギを握る人物として知られる。
大前研一
1943年生まれ。横浜市出身。マサチューセッツ工科大学大学院博士課程修了。日立製作所を経て、マッキンゼー・アンド・カンパニーの日本支社長を務めた。当時、中曽根康弘元首相の知恵袋としても活躍。現在はビジネス・ブレイクスルー大学の学長として政策提言のみならず社会・教育分野に精力的に活動。

【大前】『国家債務危機』の日本語版の上梓、おめでとうございます。

【アタリ】ありがとうございます。

【大前】実にタイムリーで示唆に溢れる内容だと思います。アタリさんは日本の債務問題に対して「王様は裸だ」とズバリ指摘されている。日本国民には10兆ドルの純貯蓄があり、これが9兆ドルという日本の公的債務を賄っているのが現状です。

もし自分たちの銀行預金や郵便貯金が実際には国の借金のファイナンスをしていると知ったら、国民は度肝を抜かれるでしょう。さらには日本国債がクラッシュしたら、国民の貯蓄はすべて吹き飛んでしまう。アタリさんが鳴らした警鐘に驚いた読者も多かったのではないでしょうか。

【アタリ】私が日本について疑問に思うのは次の点です。日本はさまざまな面でナンバーワンの地位を維持するために必要なものが揃っています。資金力やイノベーションに関してもトップクラスです。先端技術に関しても、さまざまな技術分野でトップクラスです。

したがって、日本は他のどの国よりも長期的な観点から戦略を練ることができる位置にあるわけです。実際、日本はGDPのほぼ4%も研究開発(R&D)に投じているではないですか。ところが日本は公的債務の問題を長期的な視点でとらえることができない。これはとても奇妙なことです。

私は『国家債務危機』の中で、患者が医師から深刻な病気であることを告知された場合、患者はまずこれを否認したがるものだと書きました。「自分に限ってそんな疾病にかかるわけがない。きっと誤診に違いない」と。我々ヨーロッパ人のほうが理性的というわけではありませんが、アメリカ人と同様、日本人にもこうした思考回路を持つ傾向があるのではないでしょうか。

確かに、大前さんのご指摘通り、公的債務が国内の貯蓄だけでファイナンスされているのであれば、日本には拘束的な条件などないことになります。一方で公的債務の3分の2が外国からのマネーによってファイナンスされているヨーロッパ諸国は、拘束的条件にさらされている。つまりヨーロッパ諸国は日常レベルで一触即発の状態にあるわけです。日本の場合、国債が消化できなくなることなどありえないと誰もが信じているので、日常的なレベルでの危機感が存在しません。