一に楽しみ、二に教養、三に社交の糧――歴史小説を読む意義は、大きく分けてこの3点であると思います。

<strong>堺屋太一</strong>●1935年、大阪府生まれ。東京大学経済学部卒業とともに通産省入省。日本万国博覧会を企画、実現する。78年通産省を退官、執筆・評論活動に入る。98年、小渕内閣の経済企画庁長官に就任。現在、上海万博日本産業館総合プロデューサー、早稲田大学大学院ファイナンス研究科学督。『知価革命』『団塊の世代』『秀吉』など著書多数。
堺屋太一●1935年、大阪府生まれ。東京大学経済学部卒業とともに通産省入省。日本万国博覧会を企画、実現する。78年通産省を退官、執筆・評論活動に入る。98年、小渕内閣の経済企画庁長官に就任。現在、上海万博日本産業館総合プロデューサー、早稲田大学大学院ファイナンス研究科学督。『知価革命』『団塊の世代』『秀吉』など著書多数。

小説を読む楽しみは読書の醍醐味ですが、教養を身につければ生き方に自信が持てる。歴史について語れると「あいつは物知りだ」と仲間にほめてももらえる。その意味で歴史小説は、現役の人にも、現役を退いた人にとっても実用的なジャンルなのです。

今回は東洋、西洋、日本を舞台とした歴史小説から、それぞれ私のお薦めを紹介したいと思います。

中国の歴史小説で第一に挙げたいのが陳舜臣さんの『小説十八史略』です。司馬遷の『史記』以来、中国には滅んだ前の王朝の歴史を新王朝が書く慣例があります。その中で『漢書』や『宋書』など正式な歴史官の書いたものが正史と呼ばれます。

中国の歴史書が面白い理由は、その記述法にあります。通史を年代別に記す「本紀」と、人物の伝記である「列伝」を組み合わせた「紀伝体」という手法。それが用いられるがゆえに、歴史上の人物に関するエピソードが多く埋め込まれることとなり、歴史小説にもなりやすいわけです。『十八史略』は宋の末期の人、曾先之の書です。宋代以前の17の正史を選び、それに滅びゆく宋を加えて計18史。漢民族の衰退を嘆いた曾先之は、子どもたちに自国の歴史をわかりやすく伝えるための小説としてこれを記したと言います。

陳舜臣さんはこの『十八史略』を小説化するにあたり、現代の日本人の感覚や自身の膨大な中国史、中国文学に関する知識を総動員しています。全12巻という大著ですが、1日に数十頁ずつ読むだけでも勉強になる。挿入される独自のエピソードには、中国史の多様さと人間感情の複雑さがよく表れていて、まさに「楽しくてためになる」小説です。

次に中国の歴史といえば、映画『レッドクリフ』でも話題の『三国志』でしょう。日本でも多くの作家が「三国志」を書いていますが、私はやはり羅貫中の『三国志演義』を直接翻訳したものが最も面白いと思います。

最初の2時間、辛抱して読めばもう最後まで止まらない。一度書き始めたら最後の決着まで書き続けなければ気が済まない、という中国の史書ならではのしつこさも味わえます。『三国志』は、吉川英治が終わりにした「秋風五丈原」、つまり諸葛孔明の死までが面白いのですが、本作品はその後まだ10巻ほど続きます。三国それぞれの陰謀、乗っ取りなどが描かれるため、政治学として研究するのによいでしょう。

それにしても、日本人の中国に対する歴史の知識は、古い時代に偏っていると思います。孔子や孟子が活躍したのは古代の戦国春秋時代、三国志も日本史では卑弥呼の時代なのですから。

私は以前、『世界を創った男 チンギス・ハン』『超巨人 明の太祖朱元璋』という本を書きましたが、空白になっている宋、元、明、清の知識を得ると、中国の歴史を広がりのある視点でとらえ直せます。

とりわけモンゴル帝国はグローバリズムの原点。世界で最初にペーパーマネーが国際基軸通貨になったという意味でも、現在の金融危機と絡めて手に取っていただければと思います。