現場重視の姿勢で再建の熱意を伝達

「カネボウからセーレンへの移管が決まってからの数カ月、経営トップが現場、現物をよく見ていなかったのは申し訳なかった」

<strong>「かけ声では意識は変わらず、自主性にまかせることが大切」</strong><br>言葉だけでなく、さまざまなチャネルを通して社員とのコミュニケーションをとるセーレンの川田達男社長。
「かけ声では意識は変わらず、自主性にまかせることが大切」
言葉だけでなく、さまざまなチャネルを通して社員とのコミュニケーションをとるセーレンの川田達男社長。

セーレンの川田達男社長はKBセーレンの社員への初めての挨拶をこう切り出した。すると旧カネボウ社員の間に、「これはお詫びや!」という声にならぬどよめきが広がった。「赤字なので叱責を覚悟していたのに、意外だった」と琵琶湖畔に立つ長浜工場の社員は語った。

長浜工場はかつて「東洋一の綿布工場」と呼ばれたカネボウの天然繊維事業の拠点であった。しかし、カネボウの繊維事業は1980年代に始まる繊維産業の海外大競争時代に抗しきれず、赤字を垂れ流し、産業再生機構の支援を受けた後も41億円の赤字(2005年3月期)を抱えていた。再生機構の再建計画では最下位の「早期に売却・清算」すべき「第四分類」にランクされた。つまり、再生不能の烙印を押されたに等しかった。

その繊維事業を全従業員とともに買収したのが自動車用シート材でトップシェアを誇る染色メーカーのセーレン(本社福井県)で、旧カネボウの繊維事業は05年7月にKBセーレンとして再出発した。とはいえ、旧カネボウ社員の間には「どんな再建策が打ち出されるのか」という不安がつきまとっていた。それだけにKBセーレン会長として改革の陣頭指揮に立つ川田社長の発言に全員が驚いた。川田社長は言う。

「繊維の原糸メーカーは自分で汗をかかず、下請けに汗をかかせるという業界の常識、世の中の非常識がまかり通っていました。下請け依存の意識を変えるには、仕事の仕組みを変えて、一人ひとりに自分の役割と責任を明確に自覚させ、『あなた方が会社を変えるんだよ』と彼らの自主性にまかせることが大切。そこで初めて社員の意識も変わります。かけ声では人の意識は変わりません」

川田社長は月に1回は現場に足を運び、社員ともマンツーマンで話し、「もう一度、みんなが夢の持てる会社にしよう」と語り続けた。「セーレンが本気で再建に取り組むという思いを伝えたかった」と川田社長。そうした普段のおしゃべりのなかから、「この熱意に応えたい」という共感の輪が広がった。

川田社長はビジネスで最も重要な「結果を出す」ために、「人を巻き込んで動かす」ことを最も重視したのである。「これが正しい方法だ」とセーレン流のやり方を頭から押しつけるのではなくて、旧カネボウ社員のプライドを尊重し、自主性を引き出すことで意識改革を促した。

そうした結果、KBセーレンは07年3月期に売上高289億円、営業利益14億円を見込めるほどに回復してきた。「会社が潰れるかもしれない」と意気消沈していた社員の意識も一変し、今や新規事業創出に果敢に挑むまでに活性化している。