本が刊行されたのは1975年。第一次大戦で大敗を喫し、巨額の賠償金を課せられたドイツ=ワイマール共和国が、マルク紙幣を際限なく印刷し続けたことで23年、実に1兆倍というハイパーインフレーションを招き、それがいかに国内を荒廃させたかを、当時の日記や外交文書、同時代人の証言をもとに克明に追っている。近年、新興国を中心に世界経済でインフレ懸念が再燃しており、本書の復刊は時節に適っていよう。

「1杯5000マルクのコーヒーが、飲み終わる頃には8000マルクになっていた」というハイパーインフレによる大混乱は凄まじいばかりだ。

「あらゆる悪が助長され、国の復興や個人の成功のチャンスが潰された」(29ページ)。左翼・右翼の急進主義者によって国家への反乱をけしかけられたり、階級・人種、家族・夫婦等々の対立が煽られた。「インフレには差別意識を駆り立てる性質があり、誰もが自分の悪い部分を引き出された」(同ページ)。

多くの人が破産に追いやられ、膨大な失業者を生んだ。逆に、農村部の地主・農場主・小作人らが息を吹き返した。彼らが紙幣と食糧との交換を断固拒否したため、農家の納屋には食糧が溢れていたのに、国内では飢餓が蔓延していたという。

続く29年の大恐慌、ナチスの台頭とこのハイパーインフレを直結させることについては、本書の著者は慎重に構えている。が、少なくとも「インフレがなければ、ヒトラーは何も達成していなかっただろう」(301ページ)と指摘している。

驚くべきことは、「紙幣の発行量を制限するのは、印刷所の能力と印た(153ページ)紙幣の乱発がマルク下落の原因となっていることに、国のトップや閣僚、議会、金融界、記者らがまったく気付いていなかった、という著者の指摘である。高額紙幣の大量発行を公表するドイツ帝国銀行のハーフェンシュタイン総裁の誇らしげな演説を読むと、誤った理論を信じて打ち出された政策がどんなに恐ろしい結果を生むかを思い知らされる。「貨幣はただの交換手段に過ぎない。ひとり以上の人に価値を認識されて初めて、使われるようになる」「誰も認識しなければ、ドイツ人が学んだように、その紙幣には何の価値も用途もなくなる――壁紙や投げ矢として使う以外は」(306ページ)という真理をそのまま体現したドイツの実例には学ぶことが多い。

今、「3.11」後の復興費用をどう捻出するかについての議論が盛んだ。しかし、その有力候補である国債の大量発行は円の信用失墜・急落を招く。そのため、ただでさえ高騰する原油・LNGの購入のために、国内企業がいっそう体力を奪われてしまう。復興財源について議論する際は、『通貨が死ぬとき』という本書の原題を肝に銘じておく必要がありそうだ。