米国で、銀行を規制する案が本格的に議論され始めた。経済へのマイナス要因を認識しながらも銀行の役割や金融取引の性格から著者は投機的行為規制の必要性を説く。

 

オバマ「金融改革」の3つのポイントとは

オバマ大統領の金融規制改革案が大きな話題を呼んでいる。まだ演説のレベルで、具体的な規制の内容の詳細は明らかではないが、3点のポイントがあるようだ。第一に銀行によるヘッジファンドや未公開株ファンドなどの所有の禁止、第二に銀行による自己勘定の投機的トレーディングの禁止、そして第三に銀行の規模拡大の規制、である。

これらの改革のねらいは、銀行が投機的金融取引を行うことへの規制である。本来は、資金が余っている人(たとえば預金者)と資金が足りない人(たとえば借り入れたい企業)の間の金融仲介機能と、さまざまな資金決済機能が銀行業務の中核であるのに、銀行の内部に資金が滞留することを利用して投機的行為に銀行自身が走ってしまうことを規制しようというのである。

私は、考え方としてはこの規制に賛成である。しかし、実現までは大変だろうとも思う。アメリカの金融業からの大反対があるだろうし、金融産業の活動規模が小さくなりかねない規制で、アメリカ経済全体に対するマイナス効果も想定されるからである。そういうことを考えても、私は規制に賛成である。

投機は経済行為としてはさまざまな形で社会の中で行われている。投資と投機は区別がつきにくく、投機を規制すると投資も規制される恐れがある。しかし逆に、その投機と投資の間の「虚実皮膜の弁」をすり抜けて、ついつい投機に走ってしまう人が出てくるのも、人間の性(さが)である。

その性は、銀行にも出てくる。収益を上げたいと思えば、ついついそうなる。もちろん、投機を行って失敗しても、それを銀行自身の自己責任の範囲で処理するだけなら、本質的には問題がない。しかし、投機の失敗が大規模になって銀行の経営自体が危機にさらされるようになると、社会的なインパクトが大きくなって、政府が救済に乗り出さざるをえなくなる。それが今回のリーマンショック後、アメリカやヨーロッパの銀行で大規模に起きたことだった。

なぜ銀行の破綻が社会的なインパクトを持つかといえば、その最大の理由は、銀行が社会のインフラである決済機能を担っているからである。銀行が業務を停止してしまうと、資金の決済が社会の中で円滑にいかなくなり、親が子に送金する話から企業間の売買の代金決済の話まで、困る人々があちこちで出る。私は共産主義崩壊前夜のポーランドに行ったことがあるが、企業間の取引の代金決済を現金でしなければならない状態がいかに経済活動を不活性化するか思い知らされた。

 

銀行は社会インフラを担う「公的」産業である

もちろん、資金決済機能の停止だけでなく、金融仲介機能が停止あるいは低下してしまうことの社会的インパクトも巨大である。タンス預金があちこちの家に巨大にたまり、そのカネが企業活動の金融的円滑油として使われなくなってしまうために、経済活動全体がやはり不活性化する。

そうした銀行システムの社会インフラとしての本質があるがために、銀行の破綻を政府が救済しなければならなくなる。道路網という社会インフラが破壊されれば、政府が乗り出さざるをえないのと同じである。

しかし、今回の金融危機のように、社会インフラとしての銀行を救う必要が銀行による投機の破綻ゆえに生まれてきてしまうと、その投機行為自体を規制しようとする動きが政府から出てくるのは、自然の成り行きである。

つまり、社会の中の投機と投資の行動全体の中で、銀行が投機に関与する部分を規制して社会インフラとしての銀行システムの健全性が損なわれるようなことがないようにしよう、というのが今回のオバマ提案の骨子であろう。そもそも銀行業が国の認可と保護をなんらかの形で受ける産業として多くの国で成立していることの本質的理由が、こうした社会インフラを担う「公的」産業だからである。その公的責任の裏返しとしての規制、ということになるのである。