北九州市の折尾駅には、ホームで駅弁当を売る「立ち売り」がいる。小南英之さんは職を転々とした後、53歳のときに最高齢の新人としてこの仕事を始めた。2021年で100年を迎える伝統の仕事を、なぜ彼がやることになったのか。連載ルポ「最年長社員」、第5回は「弁当の立ち売り」――。
駅弁を立ち売りする男性
撮影=鍋田広一
東筑軒の小南英之さん(60)

ホームで歌う「かしわめし」の立ち売り

福岡県の中心地・博多と北九州市とを結ぶJR鹿児島本線上にある折尾駅(北九州市八幡西区)。かつて筑豊炭田の輸送路として栄え、現在は高校や大学が密集する学園都市の玄関口として大規模な駅舎の改修工事が進んでいる。

通勤・通学利用者が多くを占めるこの地方駅に、大正時代から99年続く駅弁当の立ち売りがいる。

平日の夕方、ホームに降り立つと威勢のよいかけ声が耳に飛び込んできた。車掌が被るような紺色の制帽に赤いジャケット姿、弁当が入った大きな木箱を首からぶら下げている。東筑軒の小南英之(60)は、定休日の水曜日を除く毎日、折尾駅ホームで弁当の立ち売りを1人で続けている。

販売時間は午前8時から午後4時まで(※)。1時間の休憩をはさみながら3種類の弁当を1日約30個売りさばく。看板商品は、鶏のスープで炊いたご飯の上に鶏肉と卵、きざみのりをあしらった「かしわめし」だ。緑色のうぐいす豆と合わせて美しく箱におさまっている。

※緊急事態宣言期間中は週5日で販売、時間は午前9時~午後4時15分まで。

在来線や特急が停車すると小南は両腕を大きく広げ、手を羽のようにひらひらと泳がせながら「おりおめいぶつ~かしわめし~」と歌声を響かせた。その横を、降りてきた通勤客や高校生らが黙々と通り過ぎていく。購入客は午前中と夕方ごろに集中するそうで、この日はもう2個しか残っていなかった。

やや大きな振り付けをまじえてホームを練り歩く姿にはベテラン販売員の風格が漂うが、小南が東筑軒に入社したのは51歳のとき。その2年後には「最高齢の新人販売員」として、それまで休止状態にあった立ち売り業務を復活させた。来年で100年を迎える伝統の仕事を、なぜ彼が引き受けることになったのだろう。