日本から世界に向けて発信されたサービスイノベーションのモデルとして、ハーバードをはじめ欧米のビジネススクールで取り上げられるのがセブン-イレブンだ。創業以来、既存の概念を打ち破って、新しいことに挑戦し続け、世界初、日本初を連発し、世界最大の店舗数を展開してきた。その舵取りを担ったのが創業者である鈴木敏文・セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問である。第一線を退いたいまなお、流通業の未来を考え続ける鈴木顧問に話を聞いた。(第3回/全3回)
写真提供=セブン&アイ・ホールディングス
セブン-イレブンは2019年7月に作業時間を大幅に削減することを目的とした実験店を東京都町田市にオープン。セルフレジや新型のカウンター設備を導入するなどして、2015年以前の店舗と比較して1日当たり約15.1時間の作業削減を目指している。

「お客様の立場で」考える

——鈴木流経営学の中核をなすのは、仮説を立てて、新しいことに挑戦し、結果を検証する「仮説と検証の仕事術」です。特に重要なのは仮説を立てることで、鈴木さんは仮説を立てるときの視点として、「お客様の立場で」考えることの大切さを一貫して唱え続けています。

【鈴木】世の中には「お客様のために」という言い方が一般的に使われますが、私が「お客様の立場で」考えることの大切さを強調するのは、「お客様のために」と「お客様の立場で」は、必ずしも一致しないことが多いからです。

——どちらも同じように見えますが、どう違うのでしょう。

【鈴木】第一に、「お客様のために」と言いつつ、無意識のうちにも、売り手やつくり手の都合を押しつけていることが多いのです。たとえば、セブン-イレブンではファストフード類の新製品は毎日、昼食時に行われる役員試食をパスしないと発売できません。あるとき、私は赤飯の試作を一口食べて、赤飯本来の味でないことに気づきました。担当者にどうやってつくったのか尋ねると、ご飯と同じ炊飯の生産ラインで「炊いている」とのことでした。

——赤飯は、本来、蒸してつくるものですね。

【鈴木】そうです。開発チームは数十店もの専門店や地方の評判の店の赤飯を集め、研究を重ねたので、赤飯は本来、蒸してつくるものであることは十分に知っていたはずです。ところが、工場に蒸す設備がなかったため、今ある設備を使っていかにおいしい赤飯をつくるかを一生懸命考えた。しかし、それは売り手の都合を優先した発想で、要は「売り手の立場で」で考えていたことになるのです。

お客様はコンビニで売られる赤飯でも、本来の味を求めます。私は「お客様の立場で」考え、全国各地に分散するセブン-イレブン専用工場に、かなり大きな費用になっても、蒸すためだけの設備投資を躊躇ちゅうちょせず実行させました。結果、和菓子屋など専門店に引けをとらない商品が生まれ、大ヒットし、コストは回収されました。これが「お客様の立場で」考える発想です。

——売り手の都合の範囲内で一生懸命やるのと、顧客にとって正しいことを行うのとでは、まったく異なるということですね。

【鈴木】「お客様のために」と考えるとき、もう1つありがちなのは、自分の過去の経験や既存の概念をもとに、「お客様はこういうものを求めている」という思い込みや決めつけで考えてしまうことです。私がセブン-イレブンで弁当やおにぎりの発売を思いついたとき、「そういうのは家でつくるものだから売れるわけがない」とみんなから反対されたと前回お話ししました。これも既存の概念の延長線上で、「お客様はコンビニに弁当やおにぎりなど求めていないから、売ってもお客様のためにならない」という思い込みのためでした。

それに対して私は、「日本人の誰もがお米のご飯が好きなのだから、品質のよいものをつくれば、みんな手に取るだろう」と「お客様の立場で」考え、発売に踏み切ったのです。

▼PRESIDENT経営者カレッジ 開講記念セミナーのお知らせ

鈴木敏文セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問がPRESIDENT経営者カレッジ開講記念セミナーに登壇。さらには、「これからの時代に成功する経営者の条件」をテーマにオリックスシニア・チェアマンの宮内義彦さんと対談します。
テーマ:「顧客本位を貫く覚悟」
開催日:1月20日 10:30~19:30

会場:一橋講堂

対象:経営者、経営の後継者、次期経営スタッフ
参加費:講演のみ ¥5,000

講演&昼食 ¥6,000

講演&懇親会 ¥10,000

講演&昼食&懇親会 ¥11,000

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