現在、中国では2億人以上がキリスト教や仏教などの宗教団体に属している。毛沢東思想というイデオロギーを事実上失った中国は、広大な国土と多様な民族をどう統治していくのか。外交ジャーナリストの手嶋龍一氏と作家の佐藤優氏の対談をお届けする——。

※本稿は、手嶋龍一・佐藤優『日韓激突 「トランプ・ドミノ」が誘発する世界危機』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

写真=AFP/時事通信フォト
2019年12月2日、中国・北京の人民大会堂でテレビ会議を通してロシアのプーチン大統領に手をふる習近平国家主席

シンボリックな習近平の「工場訪問」

【手嶋】「貿易戦争」が激しさを増す中、習近平国家主席は、2019年5月20日に、瑞金を訪れて、かつての大長征になぞらえて、いまこそ「新長征へ」と国民に呼びかけました。蒋介石率いる国民党軍と苦しい内戦を戦っていた共産党の紅軍は、1934年からおよそ2年にわたってこの瑞金から延安に辿たどり着いたのでした。「我々は最初からやり直す必要がある」と訴えたのです。

蒋介石の国民党の攻勢に耐えかねて、紅軍は瑞金の革命根拠地を放棄し、毛沢東らに率いられた紅軍は、敗残兵のように長征に旅立ったのでした。途中で兵員の数は目に見えて減っていく。長征途上の遵義で会議を持ち、毛沢東が自らの指導権を確立します。中国共産党が中華人民共和国の建設に向けて、確かな一歩を踏み出した瞬間といっていいでしょう。

【佐藤】あの長征なしに、中国共産党は、正統性を得ることはできなかった。文化大革命のころに北京の外文出版社から出た『毛主席にしたがって長征』という本があるのですが、毛沢東が靴の皮を煮て、そのスープをみんなで飲んでいたという話が紹介されていました。そうした伝説をつくりながら、幾多の苦難を乗り越え、最後の勝利をつかみ取った、その道程こそ大長征だというのです。

【手嶋】このとき、習近平は中国の戦略物資、レアアースの製造工場も訪れています。「米中戦争」にどんな姿勢、覚悟、戦略で臨むのか。この工場訪問ほどシンボリックに表しているものはありません。「米中衝突」は、そんなメッセージをワシントンに送るほどの局面に入りつつあるということでしょう。現下の国際政局を読み解くうえで、こうした象徴的な行為を軽視するわけにはいきません。