ハシゴを外され下から火を放たれ

ホンダの社員は「君の夢はなにか」と互いに問うことが多いという。自分たちがつくりたいクルマはなにか。自分が目指すものはなにか。今日も開発の大部屋で「ワイガヤ」と呼ばれる熱のこもった会議は踊る。
ホンダの社員は「君の夢はなにか」と互いに問うことが多いという。自分たちがつくりたいクルマはなにか。自分が目指すものはなにか。今日も開発の大部屋で「ワイガヤ」と呼ばれる熱のこもった会議は踊る。

すべては出張先のロサンゼルスにかかってきた一本の携帯電話から始まった。「えっ、私がハイブリッド車のLPLですか」。ホンダで車の開発を担う本田技術研究所のエンジニア、関康成は耳を疑った。2006年1月のことだ。

LPL(ラージプロジェクトリーダー)は開発プロジェクトの最高責任者を意味する。確かに自分は、世界一厳しい米カリフォルニア州の排ガス規制をクリアする初のエンジンを開発し、環境関連には馴染みがある。高いハードルにも音を上げない精神的なタフさも自信があった。ただ、ハイブリッド車も初めてなら、LPLも経験したことがなかった。

急ぎ帰国すると、翌日にはキックオフミーティングが組まれていた。午前いっぱいかけて開発指示書を読み込む。「宿題」が示されていた。小型車フィットとの部品共通化でミニマムコストを目指す、ハイブリッドシステムも自分たちでコスト低減目標を決める、など低コスト化が強く課されていた。エンジンとモーターの2つの動力源を持ち、コスト高になるハイブリッド車で低原価を追求する難題だ。しかも、世界で年間20万台を販売するための生産ラインも自ら探し、量産に向けた開発日程を提案しろという。

「2階に上げてハシゴを外す。ウチらしいやり方だな。でも今回は2階が高い」。関は午後のキックオフに臨み、メンバーたちと向き合った。驚いたのはその顔ぶれだった。47歳(当時)の関とは一回りも若くて経験が浅く、半分はハイブリッド車に乗ったこともなかったのだ。

クルマの開発プロジェクトはエンジン、ボディ、シャーシなどの縦割りの各技術部門に横串を通して組まれる。LPLと並んで重要な役割を果たすのは部門ごとのPL(プロジェクトリーダー)だ。PLは本籍地では所属部門長、プロジェクトではLPLと、2人の上司を持ち、“親と義理の親”に挟まれた“マスオさん状態”になる。縦割り組織と横串のプロジェクトは、ややもすると利害が対立する。そのため、PLの働き次第でプロジェクトの成否が左右される。ところが、集められたPLは半分が未経験者だった。