「完全非核化」で交渉カードを失う北朝鮮

2019年2月末にベトナム・ハノイで行われた2度目の米朝首脳会談は決裂に終わった。双方ともに合意文書を用意して協議に臨んだが、結局は北朝鮮が求める「制裁解除」とアメリカが求める「完全非核化」で交渉が折り合わなかった。

第2回米朝首脳会談(2019年2月28日)。(時事通信フォト=写真)

金正恩委員長はすでに一部の稼働が停止している核施設を廃棄する見返りとして経済制裁の解除を求めたと思われる。しかしアメリカは北朝鮮にある300カ所以上の核関連施設の所在をほとんど調べ上げていて、トランプ大統領はそれを示しながら核関連施設のリスト提出と全施設の廃棄、さらには生物兵器や化学兵器、長距離弾道ミサイルの放棄まで要求したという。金委員長としては「完全非核化=交渉カードを失って丸裸になる」ことを意味するから絶対に応じられない。

一方のトランプ大統領からすれば、寧辺の核関連施設の廃棄だけでは制裁解除の条件に足りない。「北朝鮮は制裁の全面解除を求めてきた」というトランプ大統領の説明に対して、「要求したのは全面解除ではなく、民生分野の解除のみ」と北朝鮮側は反論した。しかし、民生分野の制裁を解除しても北朝鮮に流れ込む物資はまともに国民の元には届かない。これまで同様、軍が奪い取るだろうから、制裁がなし崩しになるような一部解除もありえないわけだ。

トランプ大統領は不動産ビジネスの世界しか知らない

なぜ会談は決裂したか、私に言わせれば当事者同士の交渉能力の欠如が問題の中核であったと思う。企業のM&A交渉などはまさにそうなのだが、交渉事というのは本来、互いに要求をぶつけ合いながら、それでも物別れにならないように首の皮一枚で合意点を見出そうとするものだ。「But」「however」「on the other hand」などと言いながら協議を重ねていく。そういうニュアンスまで含めた交渉をする器量が2人の首脳にはない。だから自分が用意していた合意内容に一本調子でこだわって、「受け入れられないならサインも昼飯もなしだ」と席を立ってしまった。

トランプ大統領が知っているのは不動産ビジネスの世界だけ。不動産屋というのはディールベースで売るか買うか、オール・オア・ナッシングの判断しかしない。ホワイトハウスでも自分を肯定してくれる取り巻きの中でしか仕事をしたことがないのだ。

一方、30代の金委員長も複雑な議論をした経験がない。何しろ周りを自分の命令に従う人間ばかりで固めて、意に沿わない人間は排除してきたのだ。