ロシア人も、忖度する

【菊澤】評論家の山本七平氏は、著書『「空気」の研究』で、日本の組織は空気に支配されやすいと指摘しています。確かに多くの日本のエリートは損得計算で動きがちであり、黒い空気を読んで、つまり忖度して行動しようとします。果たしてそれでいいのでしょうか。

【佐藤】個性的だといわれるロシア人も空気をよく読みます。例えば、ソ連時代の選挙は投票率が99%を超えていました。投票では投票用紙に1人だけ名前が書いてあって、それに反対の人は「×」をつけます。もちろん投票ではプライバシーが守られることになっていますが、投票所に居並ぶ選挙管理委員の中には、KGBや秘密警察がいるわけです。ですから実際に「×」をつける人はほとんどいません。ただ面白いのは、1%ほど「×」をつける人がいる。それが北朝鮮と違うところです。でも、そんな人は、当時のソ連社会ではバランス感覚の欠けた人間だと思われていたはずです。

2016年、セ・リーグ優勝報告会で胴上げされる黒田博樹投手。(時事通信フォト=写真)

【菊澤】黒い空気に支配されず、損得計算のロジックに囚われなかった人物は、元広島東洋カープの黒田(博樹)投手です。海外の高額オファーを断って、古巣に復帰した彼の行動には、何か清々しい空気を感じました。

ところが、「先生、違うんです。あれは損得計算をして、税金などいろいろ考えて、カープに戻ってきたんですよ」と説明する人もいます。確かに、理論的に説明することもできるでしょう。しかし、そんないやらしい解釈をすること自体が人間としていかがなものか、と思います。もっと人間の良いところを見てあげてほしいですね。

【佐藤】すごくよくわかります。人間の心を動かすのは、単なるロジックだけではありません。例えば、キリスト教世界がそうです。神学者のフリードリヒ・ゴーガルテンという人物が書いた『我は三一の神を信ず』という日本では戦前に出された本の中で、信仰は合理的な計算でもなければ、意志による決断でもない、感化だと言っています。いわば、尊敬できる人が周囲にいると、こういう人になりたいと無意識のうちに思って、感化を受けてしまうというのです。