棋士・羽生善治が27年ぶりに無冠となった。そこで本人が選んだ肩書きは「九段」。7つの永世称号をもっているのに、単なる段位を選ぶのは、なぜなのか。インタビューを重ね、『超越の棋士 羽生善治との対話』(講談社)を書き上げたルポライターの高川武将氏が分析する――。
写真=時事通信フォト

自ら選んだ肩書

27年ぶりに「無冠」になった将棋界の王者・羽生善治が、自ら選んだ肩書は、単なる段位の「九段」だった。

タイトルを持たない棋士が段位を名乗るのは当然のことだが、羽生だからこそ、そこには彼の決然たる意志が如実に表れている。

永世七冠を達成した2017年の竜王戦直後に話を聞いた際、羽生が実感を込めてこう言っていたのを思い出す。

「自分がどこまで第一線でやっていられるかは、1年1年やってみないとわからない。その感覚はかなり強くあります」

プロ棋士として一兵卒になることで、できるところまで第一線で闘い続けるのだという強い覚悟を明確にしたのだ。

33年に及ぶ棋士人生で獲得したタイトルは通算99期を数える。歴代2位は大山康晴(15世名人)の80、3位が中原誠(16世名人)の64。年間平均3つのタイトルを持ち続けてきた羽生の実績は群を抜いている。だが、昨年末、通算100期を懸けて臨んだ竜王戦で、羽生は挑戦者の広瀬章人に3勝4敗で敗退。大記録は達成できず、逆に竜王位を失冠し、保持タイトルがゼロになってしまった。

初タイトルは平成元年

19歳で初タイトルの竜王を獲得したのは1989年、平成元年のことだった。その後、羽生が無冠だったのは、90年11月に竜王防衛に失敗してから翌91年3月に棋王を奪取するまでの4カ月間のみ。以来、七冠全冠制覇をはじめ途轍もない実績を積み重ね、常にタイトル名やその数で呼ばれてきた。平成と共に時代を築いてきた羽生が、48歳にしてついに無冠になり、どんな肩書を選ぶのかに注目が集まっていたのだ。

8大タイトル中、竜王と名人は失冠した翌1年間「前竜王(名人)」を名乗れる規定がある。また、「永世七冠」という空前絶後の大偉業を達成している羽生に敬意を表して、永世称号で呼ぶべきではないか、という声も将棋界にはあった。永世称号は引退後に名乗るものだが、実際にかつて大山、中原が無冠になり永世称号を肩書としたことがある。ただそれは、2人とも棋士生活の晩年に入った時期のことであり、羽生が名乗るとすれば相当「現役感」が薄れることを私は少なからず危惧していた。