プレジデントオンラインはどんなサイトを目指しているのか。これまで編集方針をお伝えする機会がありませんでした。18年秋、プレジデントオンライン編集部へ新たに加入した2人の編集者が、編集長にインタビューしました。読者の皆さまにその一部始終をお届けします――。/聞き手・構成=プレジデントオンライン編集部・小倉宏弥、飯田樹

ヒット記事「シャブ山シャブ子を信じてはいけない」の背景

――星野さんは2006年から11年間、プレジデント編集部にいましたよね。17年からオンライン編集部で仕事をするようになって、いちばん変わったことはなんですか?

仕事でフェイスブック(FB)を使うことが格段に増えました。オンラインメディアではあらゆる人が「筆者」になります。このため寄稿をお願いする人の幅が広がり、FBでのつながりが仕事になることが増えました。それに加えて、SNSでみかける「当事者の声」をより多くの人に届けることは、「編集者」の仕事だと考えるようにもなりました。

異動の内示を受けてすぐに出した<原発25キロ圏内「ベビーラッシュ」の理由>という記事があります。きっかけはある企業の広報担当者からの相談でした。「知人が、福島県南相馬市の保育園で事務長を務めている。現状を取り上げてほしい」と。こうした相談は少なくないのですが、うちの編集部には十分な取材ができるだけの態勢がありません。ただし「当事者の声」であれば紹介できます。そこで事務長さんに直接筆をとってもらいました。難しいテーマですが、客観的なデータを用いた濃い記事になりました。

そのあと続けて、<なぜ"経産省若手提言"はネット炎上したか>という記事を出しています。これは関西学院大学・鈴木謙介准教授のブログをそのまま転載したものです。これ以降、「当事者の声は、どんどん記事にしていくべきだ」と確信するようになりました。

最近では、<「シャブ山シャブ子」を信じてはいけない>という記事がありました、これはFBがきっかけです。筆者の松本俊彦先生とは面識があり、いつもFBの投稿には注目していました。ドラマが放映された後、松本先生が異議を唱えているのをみかけて、すぐに寄稿をお願いしました。

――オンライン編集部の仕事は、どこがおもしろいですか?

反応がすぐに見えるのは、本当に楽しいですね。苦労して作った記事が、ドカンと読まれると、快感を覚えます。一方で、数字にとらわれすぎず、「よく読まれるもの」ではなく、「深く読まれるもの」を作っていかなければとも思います。

――それはなぜですか?

いまの社会の最大の問題は「分断」だと思っているんです。右と左、上と下、友と敵。そういう二項対立にとらわれると、何も考えられなくなります。メディアの役割とは、そうした違いをつなげていくことだと思うんです。だからよく読まれるだけではなく、深くインパクトを与える記事をつくって、読者の想像力を喚起したいんです。

会議室から麹町方面の眺め。編集部は13階にある。

――プレジデントオンラインの記事は「3000字」が基準になっていますが、そのために必要な分量ということですか?

条件反射で読み飛ばされる分量ではないと思います。書き手も、読み手も、頭を使わないといけない分量です。もちろんたくさん読んでもらわないとビジネスとしては成り立たないのですが、ビジネスをするだけではなく、プレジデントオンラインではメディアとしての役割を果たしていきたいと思っています。

――「深く読まれるもの」とは、具体的にどんな記事でしょうか?

記事で読者の想像力を喚起したいんです。世の中にはいろいろなことがありますが、ネットを使っているとなんでもわかった気になってしまいがちです。でも、それはマズい。ソーシャルメディアの普及とアルゴリズムの進化によって、私たちは見たいものしか見ないで済むようになりつつあります。自分とは違う立場の人の問題について、考える余裕がなくなっている。働き方の問題、ジェンダーの問題、貧困の問題……。いずれにしても想像力が損なわれていると思うのです。

タイトルを見ただけではそう見えないかもしれませんが、プレジデントオンラインの記事では「常識を疑うもの」「想像もしない事実が見えてくるもの」という点を基準にしています。それが「深さ」だと思っているんです。

――プレジデント誌の「オリジナリティーを追求する」というDNAを感じますね。

私はニュースメディアを「ハック」しているつもりです。もしかすると、「タイトルの最後に『末路』ばかり使っている」と思われているかもしれないんですが、それは興味を持ってもらうための手段です。たとえば<7500万円タワマン買う共働き夫婦の末路>という人気記事があります。これを読んで「騙された」と思う人はいないと思いますが、読む前と読んだ後では記事の印象が違うかもしれません。それが狙いです。「中身で驚かせたい」のです。

オンライン編集部の様子。一番奥の窓際が編集長の座席。

――タイトルと記事の内容が違うのでは、読者の課題解決にはならないのでは?

タイトルは「読者が読みたいもの」、記事の内容は「メディアとして伝えたいこと」というズレがあると思います。このズレは意図的です。このズレに、読者が悪意を感じたり、「期待を裏切られた」「騙された」と思ったりすれば、サイトは続かないと思います。もちろん寄稿者も離れていくでしょう。そのギリギリのところを、常に試行錯誤しています。

価値のある記事をつくるだけでなく、その記事をどうやって読者に届けるか。言い換えれば、読者にクリックしてもらい、シェアしてもらえるか。タイトルから想定される内容より、何倍も濃くて深い内容を記事で展開していると自負しています。だから課題解決のサイトとして活用してもらいたいですし、その点を評価していただける「プレジデントオンラインのファン」を増やしていければと思っています。

――どんな記事を増やしていきたいですか?

私は雑誌が大好きで、この会社に入りました。雑誌にはテレビにも新聞にも載っていないことが書いてある。とにかく懐が広い。いい意味で「雑」なんです。本もたくさん読むようにしていますが、実は雑誌の記事を読んで考えることのほうが多い。おそらく世間の動きとの間合いがちょうどいいのだと思います。『ファスト&スロー』という本に引きつけると、雑誌はファストではなくスローです。思考をスローにするシステムを起動してくれるのが雑誌の記事だと思うのです。

しかし今、雑誌というビジネスモデルは厳しい状況にあります。このままでは程よくスローで、程よくタイムリーなメディアがなくなってしまう。オンラインメディアとして、そんな雑誌の価値を次につなげていければと考えています。