なぜ日本企業は存在感を失ったのか。コンサルタントの山口周氏は、「現代社会ではソリューションの価値が低くなっている。言い換えれば、日本企業は“役に立つ”を追求してきたが、いまは“意味がある”が求められている。そうした時代に必要な発想こそが『センスメイキング』だ」と指摘する――。
連載『センスメイキング』の読み解き方

いまビジネスの世界では、「STEM(科学・技術・工学・数学)」や「ビッグデータ」など理系の知識や人材がもてはやされている。しかし、『センスメイキング』(プレジデント社)の著者クリスチャン・マスビアウは、「STEMは万能ではない」と訴える。
興味深いデータがある。全米で中途採用の高年収者(上位10%)の出身大学を人数別に並べたところ、1位から10位までを教養学部系に強い大学が占めたのだ(11位がMITだった)。一方、新卒入社の給与中央値では理系に強いMITとカリフォルニア工科大学がトップだった。つまり新卒での平均値は理系が高いが、その後、突出した高収入を得る人は文系であることが多いのだ。
センスメイキング』の主張は「STEM<人文科学」である。今回、本書の内容について識者に意見を求めた。本書の主張は正しいのか。ぜひその目で確かめていただきたい。

第1回:いまだに"役に立つ"を目指す日本企業の愚(山口 周)

日米の差は、センスメイキングに対する意識の差

センスメイキング』を読んで私が感じたのは、「日本はまた溝をあけられたな」ということでした。

本書の著者は、人文科学を基盤とした戦略コンサルを手がけるReDアソシエーツの創業者であり、同社には文化人類学や社会学などの専門家をそろえているとのことです。こうしたスタイルのコンサルが受け入れられている時点で、欧米企業の意識が進んでいることが見て取れます。

コンサルタントの山口周さん(撮影=山本祐之)

同様の戦略コンサルを日本でやろうとしても、おそらく今はうまくいかないでしょう。なぜなら、買い手側である企業の意識が依然として変わっていないからです。この違いを生んでいるのが、“センスメイキング”に対する意識の差であると私は考えます。

本書によると、センスメイキングは人文科学に根ざした実務的な知の技法であり、サブタイトルにあるとおり、「本当に重要なものを見極める力」として説明されています。この力こそが、現代においてまさに求められている力なのです。

現代は、ソリューションが過剰に存在する一方で、“意味”が枯渇している世の中です。日本が得意としてきたソリューションだけでは、ビジネスにならない時代が来ており、今後ソリューションの価値はますます低くなっていくでしょう。一方で、センスメイキング、つまり意味を作り出すことの価値はかつてなく高まっていくと考えています。

「役に立つ」と「意味がある」の違い

ビジネスのポジショニングを考える際、「役に立つ・役に立たない」、「意味がある・意味がない」という2つの軸で私は整理しています。役に立つというのは、人の不便や不安、不満を解消するソリューションですね。20世紀後半からの日本は、まさに役に立つことを追求してきたわけです。

三種の神器と呼ばれた冷蔵庫・洗濯機・テレビに代表されるようなソリューションは、グローバリゼーションと相まって世界中に広まっていきます。これが高度経済成長の原動力になり、日本の勝ちパターンを作りあげてきました。ところが今はどうでしょう。世界的に一定の生活水準が満たされ、役立つものが世界中であふれかえっている現代は、「役に立つ」に強みを置いていたメイド・イン・ジャパンは著しく価値を下げています。

一方、「意味がある」というのは、その人の人生にとって意味があるということです。ここでは必ずしも役に立つものである必要はありません。ソリューションがあふれる現代においては、むしろ意味そのものを作り出す力の価値が高まっています。