「親は偏差値の高い難関大学を出ているのに、子供の学力はいまひとつ」というパターンはしばしば見受けられる。「多くのケースでは、子供の能力不足が原因ではない。仕事ができる親、それも高学歴な親は、子供の成長プロセスについて、あまり理解がない。仕事と同じように、効率を求めてしまう。それが逆効果になっている」と言うのが、プロ家庭教師集団「名門指導会」代表の西村則康さんだ。いったいどういうことか――。
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お父さんが、教えましたね?

Aくん(小6)の成績が突然下がったのは、夏休み明けの9月だった。決して成績がいいわけではなかったが、時間はかかるものの、しっかり考える子だったので、結果が出ていないが、伸びシロは十分にあった。ところが、3週間ぶりに会ったAくんの様子が、明らかにおかしかった。これまで丁寧に書いていた途中式を書かず、いきなり答えを出そうとした。原因は、すぐに見当がついた。

「お母さん、夏休みに中にお父さんが勉強を教えていませんでしたか?」

私たちの授業料は高額だ。中学受験の世界では、トップレベルだろう。そのため、おのずと経済力のある家庭が顧客になる。父親の職業は経営者、弁護士、医者、教授、政治家など。その多くは、東大卒や京大卒をはじめとする高学歴者だ。彼らは、仕事で忙しい。基本的に、子供の教育は母親任せだ。その母親は、自分では勉強を見てあげられないので、外注する。その外注先が、われわれプロ家庭教師だ。

プロ家庭教師をつけたからといって、いきなり成績が上がるわけではない。脳が発達しきっていない小学生は、知識と知識が結びつきにくく、理解をするまでに時間がかかる。ところが、高学歴の親は、そのことを理解しない。そして、Aくんの家庭のように、これまで放任だった父親が、わが子の冴えない成績を見た途端、気まぐれに介入し、勉強を教え始める。

Aくんの父親は検事で、大阪に単身赴任している。Aくんの指導に就いてからちょうど1年になるが、その間、私は父親に一度も会っていない。それはよくあるケースで、Aくんの家庭が特別なわけではない。驚いたのは、Aくんの成績に憤慨した父親が、1カ月間の休暇をとって、夏休み中、Aくんに勉強を教えたことだった。父親が子供の勉強に関心を持つことは悪いことではない。けれども、教え方を間違えてしまうと、命取りになる。

禁断の「方程式」を教えてしまった

Aくんは、四則計算が苦手だった。解くのに時間がかかり、得点に結びつかないだけだったが、見かねた父親が方程式を教えてしまった。中学受験で方程式を使うことは御法度だが、正解を出す上では効率がいい。父親はスピードと正解だけを求めた。その結果、Aくんの頭が混乱した。速く解かないと父親が怒鳴る。怖いから、とりあえず、式に数字を当てはめる。根本的な理解を得ていないから、目の前の数字を当てはめているだけだ。

Aくんに限らず、6年生の秋、成績がガクッと下がる子が出てくる。背後にいるのは、たいていが高学歴の父親だ。彼らは、自分の成功体験から抜け出せない。優秀な大学を卒業した人にとって、成功体験とは大学受験を指す。しかし、大学受験は高校生が挑む受験であって、小学生が挑む中学受験とはあまりにも差がある。高校生は脳が完成し、知識も経験も増えている。知識と知識を結びつけて、考えることができる。

とくに地方の名門高校出身の父親は、中学受験を経験していないため、受験算数の解き方に非効率を感じている。しかし、受験算数は限られた条件の中で、工夫をしながら解くことに意味がある。その試行錯誤の末に、解けた喜びを体験し、学ぶ楽しさを知ることができる。小学生のうちから方程式という便利なツールを与えてしまうと、自分で工夫をする機会を奪ってしまう。小学生に必要な学びは、答えにたどり着くまでに「ああでもない、こうでもない」と試行錯誤することであり、速く答えを出すことではない。