河井美咲は世界中の美術館からひっぱりだこのアーティストだ。1年の大半は海外で旅暮らしをしている。一緒に行くのは3歳の娘と写真家の夫。旅先では日常生活を送りながら呼吸するような自然さで作品を創る。各地での家族との生活が創作の源泉になっているのだ。世界的アーティストの“ヘタウマ”作品を生み出す日常生活に密着した――。
(写真提供=毎日放送)

「子供の落書きが理想」

ニューヨークやボストンの名だたる美術館での個展経験を持ち、北欧発の世界的ブランド「フライング タイガー コペンハーゲン」や「IKEA」とのコラボレーション商品で注目されるアーティスト、河井美咲。その作風は大胆でシンプルで、とにかくカラフル。誤解を恐れずに言うと、かなりの「ヘタウマ」だ。一見すると子供が描いたかと思うような乱雑さだが、アートの目利きによれば、それこそが“誰にも似ていないオリジナリティー”だという。世界中のギャラリーや美術館からひっぱりだこの40歳だ。

河井は京都に拠点を持ちながらも、1年の大半は海外での旅暮らし。密着取材期間中だけでも、アメリカ、デンマーク、ポルトガル、韓国の美術館やギャラリーに招かれた。世界各国のギャラリーや美術館から個展の依頼が入ると、夫と3歳の一人娘・歩虹(ポコ)ちゃんを伴ってその地に数カ月滞在し、現地で次々と作品を生み出している。

朝起きて、料理をして、歯を磨いて、絵を描く。娘と公園で遊び、授乳して、オムツを替えて、また絵を描く。河井にとってアートは日常生活の一部だ。決して敷居の高いものではなく、誰だって自分なりのアートを生み出すことができると考えている。制作の様子もまさに自由奔放で、一見乱雑なほど、ダイナミックに絵の具を塗りたくっていく。時には娘のポコちゃんも絵筆を握り、親娘共作になることも……。「子供の落書きが理想」と河井は語る。

「どんどん下手になりたい」

昨春、河井はニューヨークにいた。依頼主は、ブルックリンのデザインホテル「ワイスホテル」。お題は「高さ8メートルほどの壁面をペインティングし、エレベーターホールを印象的なアートスペースにする」というものだった。

(写真提供=毎日放送)

制作の様子はまさに自由奔放で、河井は下書きもなしにローラーで壁に絵の具を塗りたくっていく。ローラーの運びに迷いはなく、娘を背負いながらあっという間に黒い魚、ピンクの蛇など、奇妙な生き物を壁に描いた。ただし、プランはあっても気分が乗らなければ変更をいとわないのが河井流。せっかく描いた絵を塗りつぶしたかと思ったら、上から奇妙な生き物を書き足し、正面には巨大なパンツを描き出した。こうして、エレベーターホールは、河井美咲にしか作れない“ヘタウマ”な空間に生まれ変わっていった。

河井「どんどん下手になりたいな、大人になればなるほどキッチリしようとしたり、脳がカタくなっていくから、その逆を行きたい」