婚約指輪には「給料3カ月分」という“相場”があるといわれる。この相場ができた経緯はハッキリしている。約30年前、ある企業がプロモーションでこの相場を定着させたのだ。マーケティング戦略コンサルタントの永井孝尚氏は「最初に見せた情報と価格は、知らぬ間にお客さんに刷り込まれている。これが行動経済学の『アンカリング効果』だ」と解説する――。

※本稿は、『なんでその価格で売れちゃうの? 行動経済学でわかる「値づけの科学」』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

アンカリングはどう作ればいいのか

お客さんは商品の品質と価格を判断する時は「アンカリング」を基準にして考える。アンカリングをうまく生かせば高く売れるようになる。(アンカリングについては「1円の水を100円で売る方法」の記事を参照)。

ではこのアンカリングは、どのように作ればよいのだろうか? ここで「まずお客さんに聞いてみよう」と考えてはいけない。あなたが自分で考える必要があるのだ。その理由を実際の事例を見ながら、考えてみよう。

黒真珠は「ガラクタ」だった

真珠の中でも、黒真珠は高く取引されている。しかし当初、黒真珠はガラクタ扱いだった。

永井孝尚『なんでその価格で売れちゃうの? 行動経済学でわかる「値づけの科学」』(PHP新書)

イタリアのある宝石商が、ポリネシアでサンゴ島を買った。このサンゴ島にはクロチョウガイが生息していて、殻から黒真珠がゴロゴロ出てくる。宝石商は「これは売れるかも」と考えた。しかし当時は真珠といえば、日本産の美しい白真珠が当たり前の時代だった。

まったく新しい黒真珠は、販路も需要もまったくなかった。そんな中、彼はとりあえず世界中に売り込みをはじめてみたが、最初の頃は「色も形もまるで鉄砲玉みたいだ」と言われ、一つも注文を取れなかったという。

この時点で、黒真珠の商売を完全にやめるか、価格を下げてディスカウント店で売るか、あるいは白真珠とセット販売する方法もあったが、彼はそうしなかった。かわりに1年間かけてじっくりと品質が高い黒真珠を完成させた。その上で、ニューヨーク五番街にある旧友の宝石商に相談し、アドバイスをもらった。