苦境に陥った家業を、そのまま見捨てていいのだろうか。岐阜県羽島市の生地メーカー・三星毛糸は、下請け構造に苦しみ、従業員数はピーク時の10分の1以下に減っていた。5代目の岩田真吾社長は父親に頼まれてもいないのに、家業を再建のために帰郷した。就任から8年、自社ブランドを立ち上げ、業績は好転している。再生のポイントは何だったのか。早稲田大学ビジネススクールの入山章栄准教授が解説する――。

なぜ“わずか数年”で会社を飛躍させられたのか

私はいま、ファミリービジネスで後を継いだ2代目・3代目などが、従来の技術に新たな経営視点を取り込み、事業承継を契機に革新を起こす企業に注目しています。今回紹介するのが、岐阜・羽島で毛織物の企画生産・仕上げ加工を行っている三星毛糸です。

2010年に5代目となる岩田真吾氏が社長に就任以来、生地の直販、東京・代官山への出店、そして自社ブランド「MITSUBOSHI 1887」の立ち上げと次々に改革を進めています。さらに同社の生地は世界最高峰の伊スーツブランドである「エルメネジルド・ゼニア」にも採用されているのです。

とはいえ、日本の繊維産業が全般的に斜陽になっているのも事実です。だとすれば、なぜ岩田さんは事業を承継してわずか数年で、会社を飛躍させることができているのでしょうか。岩田さんへの取材を通じて、私は経営学者として大きく3つのポイントに注目しました。

第一のポイントは、「知の探索」です。自分の眼の前ではなく、遠くの世界を見て知見を得、経験をしていくことを指します。「知の探索」は世界の経営学ではイノベーションを起こす必須条件とされており、第二創業で成功する事業承継者の多くも「知の探索」を行っていることは、本連載でも解説してきました。岩田さんの場合、それは「いきなり事業を継ぐのではなく、その前に多様な経験をしてきたこと」が該当します。