現代は情報化社会と呼ばれているが、それは中国古代の戦国時代でも同じだった。

当時は、説客(ぜいかく)と呼ばれる政治ブローカーたちが各国を遊説し、己に有利な情報を触れまわっていた。この真偽がわからない情報の洪水を利用して、いかに成果をあげていくかも、為政者の腕の見せ所だったのだ。

この「情報」という切り口では、次のような話がある。

斉の国に孟嘗君(もうしょうくん)という人物がいた。彼は食客である夏侯章(かこうしょう)に対して、馬四頭と百人扶持(ふち)という厚遇を施していた。ところが夏侯章の方は、いつも孟嘗君の悪口ばかり言っている。

ある人がそれを孟嘗君に知らせると、

「構わないから、ほうっておきなさい」

との答。今度は、薫之繁菁という食客が、見かねて夏侯章に問いただした。すると、彼はこう答えたという。

「孟嘗君殿は、諸侯ほどの力がないにも拘わらず、わたしに馬4頭と百人扶持を与えてくださった。わたしは少しの功績もないのにこれを頂いている。それなのに悪口ばかりいっているのは、少しでも功績を立てたいと思ってのことなのだ。

というのも、あの方が『度量人だ』と評されるのは、わたしの悪口を意に介さないから。つまり、わたしは身を捨てて孟嘗君のために尽くしているのだ。だから、これだけはやめるわけにはいかない」――。

なるほど、「くだらない悪口など気にしない度量人」と他人から評価してもらうためには、まずくだらない悪口を言ってくれる人が必要になる。しかし、そんな人は、傍目からみれば、「悪口しか言えない愚か者」「所詮、悪い意味での批評家だよね」としか思われないだろう。そうした損な役割を自ら買って出て献身している、というわけだ。

これは一見、うなずかされる論理構成になっているが、しかし本当のところはどうだったのだろう。『戦国策』には、他にもこんな話があるからだ。

甘茂(かんぼう)という人物が韓を攻めようとしたとき、息壌(そくじょう)という町で、次のような喩え話を使って主君にクギをさした。

「むかし、親孝行で有名な孔子の弟子・曾参(そうしん)が、費という町にいました。すると同姓同名の男が人を殺したのです。それを早合点して彼の母に知らせた者がいました。

『曾参が人を殺しました』

母は、平然と機を織りつつ、

『あの子は人殺しをするような子ではありません』

しばらくして別の人が、

『曾参が人を殺した』

と言いますが、母は平然としています。ところが3度目に、

『曾参が人を殺した』

と言いに来る人がいると、母は恐ろしくなって機織り道具を投げ捨てて、逃げ出したといいます。曾参の人柄と、母子の信頼があっても、3度も疑われればこの有りさま。わたしが韓を攻撃しているとき、讒言(ざんげん)を受けて王がわたしを信用しなくなるのが心配です」

すると王は、「そなたを疑うまいぞ」と約束した。しかしいざ戦いが始まると、王は讒言に惑わされ、中止命令を出してしまう。甘茂は王につめよった。

「息壌での誓いをお忘れか」

「そうであった」

しばらくして韓は大勝し、攻撃は成功裡に終わった――。

「曾参が人を殺した」という話のように、ある情報はたちまち増幅され――しかも、その伝達者は案外善意だったりするのがまた問題なのだが――嘘が真実となっていく。孟嘗君に対する夏侯章の悪口も、マイナスの増幅を起こさなかったのかは保証の限りではないのだ。

情報化社会では、悪意なく情報に色がつき、駆け巡っていく。その内実の見極めには、特に敏感になる必要があるようだ。